田中宣仁さん - 日本産業ストレス学会-産業ストレス/メンタルヘルス情報発信

フォローアップインタビュー

田中宣仁さん

田中宣仁さんTanaka Noritito

製造業 産業医

社員の自律と主体性を引き出し、みんなが幸せに働く環境を整える

 前回、社員の自律を促し主体性を引き出すことの重要性をお話くださった田中先生に、その後の活動や社内の反響、そして今後に向けてのお考えをじっくり伺いました。

社員の自律を促す健診事後措置

―この一年を振り返って、どのような変化がありましたか
 昨年夏すぎにはいったん5割程度になった社員の出社も、年明けの緊急事態宣言後はまた2~3割になりました。業務もテレワークが前提となっています。今年度の社員の健康問題で特徴的なのは、業務のことがまだよくわらず、コミュニケーションのとりにくさの影響を強く受けている3年目までの若手社員が不調になっているケースが多いことです。孤独が関わっているのでしょうか。業務に慣れているベテランはテレワークに問題なく適応している方も多く、2極化といえる状態です。
 産業保健職の活動は、元々集合型で実施予定だった組織活性化の取り組み等が実施できなくなるなど、業務の進め方を考え直さなければいけない一年でした。今までのやり方をどのように変えていくかを健康管理室内でかなり議論し、模索した一年だったと思います。オンラインでもやれるのか、やれるとしたらどこまでか。その試みの一つが、前回インタビューでお話しました上位職者のオンラインケーススタディですhttps://jajsr.jp/covid/interview/2021-09-19-15-57-35)。

―模索の一年でしたが、この状況だからこそできたことはありましたか。
 いくつかありますが、若手に不調を訴える方が多いという事実を踏まえ、若手に対して手を打ちたいという事業場長からの相談もあり、変化を捉えた新たなプロジェクトも動き出しました。
 また、以前より取り組んできた自律的な事後措置のシステムは普及が進みました。従来の事後措置は、社員が産業保健スタッフに呼び出されることがスタートでした。しかし、そのような関わりから始まると、社員の主体的な健康管理につながりません。そのため、健診結果が出ると社員が自分でイントラにアクセスし、結果を理解し、アクションを起こす、もし不明点があれば自ら問い合わせる、という方法に変えました。これは社員の自律を促す第一歩として行っているものであり、以前より進めているものではありますが、コロナ禍で対面が制限されたこと、在宅勤務が進んだことはその追い風になったかたちです。この「事後措置自律化システム(シル・シル・見知る)」は、全社から新しい取り組みとして認められ、グループ全社で開催する健康・安全衛生フォーラムの健康部門で優秀賞をいただきました。

―すごいですね!社員に受け入れられるコツはなんでしたか。
 3つあります。1つめは、社員と一緒に作ったことです。プロジェクトチームを組み、できるだけ社員が作ったシステムと感じられるように進めました。
 2つめは、きっかけに関する説明の仕方です。社員が悪いのではなく、産業保健職である自分たちのやり方が間違っていたと説明するようにしました。健康診断結果に異常があったから面談して受診させようと意気込んでも、呼び出された社員は産業保健職の話を受け流してしまう。しかしこれは社員が悪いわけではなく、構造の問題なのです。例え話を交えながら、「呼び出し面談の落とし穴(産業保健職や会社の善意の働きかけが、社員の自律性を奪っていく)」を紹介し、呼び出し面談で説得を行うという自分たちのやり方が問題だったのだというストーリーで説明しました。
 3つめは、メリット・デメリットを明確にし、デメリットを認めたうえで、メリットを追求したいという熱意を伝えたことです。メリットとしては、「自律的に対処を学ぶことで人生100年時代の財産になること」、「(自分の都合の良い時間にイントラアクセスする)時間の有効活用(本来業務への集中)」、「(今年であれば)感染リスクの低減、在宅でもどこでも対応可能」といった点があります。この中でも、「皆さんの人生すべてに我々産業保健職が関われるわけではないので、就業年齢の間に自律的に健康管理の能力を高めてもらい、人生100年時代の財産にしてほしい!」という面を強調しました。デメリット(乗り越えなければならない壁)として一番大きいのは「今までの価値観の転換」という点だと考えます。これについては、3年かけてじっくり周知すること、一気に移行するのではなく徐々に移行することで対応しています。

 

復職支援でも社員の主体性を引き出せる

 会社による介入の手厚さは、実施側の意図に反して社員の健康管理に対する意識レベルを下げ、受動的な行動を促してしまいます。一方、自律を促す健康支援は、自ら考え、自ら対応することのできる社員を増やします。そうすることで、ワークとライフはより統合されたものとなります。我々は、こうした考えのもとで一貫して主体性と自律を促すスタンスで活動しています。

 メンタルヘルスに関しても、スタンスは同じです。次はいつごろ面談しましょう、それまでにこの課題をやってください、と産業保健職から働きかけるのではなく、構造を用意し、社員自身が動かないと進まない仕組みにしています。このように、我々が社員の自律を求めていることが一貫した姿勢として伝わるよう意識をしています。
 例えば復職支援に関しては「再適応支援の手引き」を作成し、休業に入る段階で渡しています。手引きでは、休業者の主体的な健康管理を支援するというスタンスを明記したうえで、休職から復職後までのSTEPを示しています。休業者はそのSTEPを自分でチェックし、STEPをクリアしたら自分で会社や健康管理室に連絡するようになっています。復職時には、休業者本人が職場(上司)との対話を通して内省して、何がどう変わったから復職できるのか、上司と人事、健康管理が納得する形で整理して発表してもらいます。「職場とともに、自分自身で内省する」という基本スタンスを取りつつ、アドバイスを求められれば産業保健職も支援する、という形です。
 このような構造にすることで、産業保健スタッフのアドバイスも受け取ってもらいやすくなると感じています。また同時に、その後の結果に対して、社員自身も職場(上司)もオーナーシップを持つようになります。厳しいやり方のように感じるかもしれませんが、復職して一年も経つと「あの手引きのおかげで良くなりました」「休職したことは、むしろ自分にとってプラスに進むための良いきっかけでした」という反応を頂くことが多いですし、上司からも、「休む前よりも断然活躍してくれている」というコメントをいただけることが多いです。
 要するに我々は病気になった人のマイナスをゼロにするのではなく、PTG(心的外傷後成長)を促す観点で再適応支援を行っているのです。休職経験があったからこそこれだけ成長した、という状態になることが本人のためにも会社のためにもなる(=統合的な産業保健活動である)と考えています。しかし世の中にはPTGを妨げてしまうような(統合ではなく分断に向かうような)甘い誘惑があります。例えば主治医から「職場異動すれば良くなる」、「あなたの問題ではなく職場の問題だね」と言われてしまうと、本人の内省に繋がりません。このように自責でなく他責(統合でなく分断)にできてしまう色々な構造があるのです。もちろん会社側に問題があるケースもありますが、多くのケースでは本人にも内省を要する点があるはずで、それを全て会社の問題にしてしまうのは分断であり、統合的思考ではありません。本人だけでなく、職場に対しても同様にPTGを求めており、手引きを進めるためには、本人と職場上司の深い対話が必要な構造になっています。
 一方で人間は楽なほうに流れやすい生き物であるため、甘い誘惑から分断が誘発されないように、復職時に主治医から得る診断書・意見書のフォーマットも規定しています。復職の条件として、元の就業環境で働けること、出社による定時勤務が可能であること、半年後に就業配慮なしで働ける見通しがあること、などの要件にチェックを入れて頂くようにしています。主治医の先生も休業者の内省の必要性を実は認識されていて、このように会社が規定することを好意的に受け入れてくださることが多いです。「今までは患者さん側に課題があると感じていても、本人に寄りそう以外になかなか難しかったのですが、会社が枠組みを提供してくれるおかげで、こちらもやり易い」と言っていただけたりします。
 この他にも全て統合に向かうための枠を設けていて、例えば復職後の就業のストップ要件を確認しています(月に3回突発休をとったら再休業する、など)。こうした枠を設けた上で、会社・社員双方にとってwin-winな(統合的な)姿で働くにはどうしたら良いかを、休業中に考えてもらいます。もちろん求められれば一緒に考えます。
 その結果、復職者本人からはこれのおかげで助かった、自信につながったという声がほとんどです。上司からも、今まではどこまで仕事を与えたらよいかわからず腫れ物のように扱っていたが、その対応は違うとわかった、戦力になってもらえるようになった、周囲の納得度や組織の健全性も高まった、という声があがっています。分断の最終形ともいえる、いわゆるモンスター社員が出てきてしまうというようなこともなくなります。厳しい構造のように見えますが、究極的には本人のためを思ってやっている、ということです。
 ただし中には、「再適応支援の手引き」をクリアできずに退職になってしまう方もいます。それ自体は悪いことではなく、退職する人がこれをきっかけに何かを考えることで、次の人生に活かしてくれればいいと思っています。みんなが復職している、復職できることを絶対的なゴールにしている、というわけではないことをお伝えしておきます。

 このように、自律的にやってもらう、自分の責任の範囲を自覚してその中で主体性を持ってやってもらう、ということはメンタルでも事後措置でも意識してやっていることです。その時に、誰かは喜ぶが、誰かは喜んでいない、という構造にはせず、関係者を統合するような構造を作ったり、働きかけをし、みんなが幸せな状態になることを大事にしています。

 

法的なことはシステムと主体性で解決、そして事業の課題に対して健康の専門家としてフルコミット

―今、そしてこれからの活動の方向性を教えてください。
 個人的な考えとして、事後措置の自律化もメンタル対応もそうですが、法的に要求されていることは仕組みで解決できると思っています。エドワード・デミングが「組織の問題の90%は仕組み・制度に関わる一般的問題である。わずか10%が人に関わる個別の問題である。」と言っていますが、90%は言い過ぎとしても、70~80%はいけるのではないかと思います。実際、事後措置では本当に必要な面談以外に殆ど時間がかかっておらず、メンタル対応も基本的に手引きに沿って本人が自分で進めていきます。仕組みや制度をうまく構築すれば、法的な要求は基本的にシステムで解決できます。そしてその先の、事業に合わせた課題に対して、どれだけ健康の専門家として価値を提供できるのか、というのが役割だと常々思っています。
 事業に合わせた課題、というのは、例えば前のインタビューでお話しした「健康管理室が読むトップメッセージ」では、トップメッセージを社員に浸透させることができれば、それは会社と社員を統合に導くことに繋がるわけですので、健康の専門家だからこそできる大きな価値になると思っています。コロナ禍により、若手の定着支援の重要性あるいはそれにとどまらない早期戦力化やつながり支援(トランザクティブメモリーの強化)の重要性も顕在化しましたが、そういった活動を促進することも企業にとって価値となり得ます。
 これらは一例ですが、他にも事業の発展に寄与するような提案を意識的に行なってきた結果、我々に対する社員の意識も変わってきました。年に一度、我々のカスタマーである社員にカスタマーフィードバック(健康管理室活動を社員に報告する活動)を実施しているのですが、「ここ数年で健康管理室の印象が大きく変わりました。社員の健康イコール病気にならないことだけでなく、体や心の健康により社員のやる気を上げるための具体的なアドバイスをいただけていると感じます。」などの書き込みが増えました。
 このような考えは、私一人のものではありません。社外の産業医とつながり、そこで議論し、それぞれが持ち場でより高い価値とは何かを考えながら、新しい産業保健を実践しています。

 これからやりたいことは、社員が、自分の仕事を人生にとって大事なものだと感じながら、いきいき働いてくれるように支援すること、それだけです。会社と社員のベクトルが合わさって、お互いの活動が統合され、自分たちが世の中に貢献している感じを持ちながら没頭して仕事をしてもらう。そういうことを考えると、事後措置で呼び出して一方的に説明する、休職者の都合のいいように診断書を書いてもらう、ウォーキングイベントで歩数を稼ぎただ健康になる、というのは統合的な活動ではないと感じています。本質的(統合的)な活動を行うために何が必要か、これからも見つめなおしながら進んでいきます。

 

産業保健が本質的な価値に向かうために

―最後に読者へメッセージをお願いします。
 産業保健活動を行う上で重要なのは、統合的な思考・活動だと思います。会社(人事)vs社員、個人vs組織、若手vsベテラン、利益vs健康といった分断を促すようなことがあってはなりません。会社も社員も、個人も組織も、利益も健康も、という統合的な活動が必要だと考えています。統合に向かうには、意味(目的)の共有が何より重要であり、意味(目的)に自ら気づいていくという自律を促す構造が、プロセスとしては必要だと思います。
 私自身うまくいかないときは、「人事が悪いのではないか?」、「社員が悪いのではないか?」と分断思考になってしまっていることや、統合しようとしている範囲が狭いことが多いです。そういった意味で、何か悩みや苦しみがあれば、自分に原因があるのではないかと問うてみるのは大事だと思います。法律を絶対視して社内をむしろ分断に導いていないか?現在の法体系がいわゆる岩盤規制のように我々の統合を阻害しているとしたら、より高い価値とは何か?を問い直す、ということも大事かもしれません。自分はそうしたいなと思っています。産業保健は、きっともっと、世の中に価値を提供できる分野になれると思います。

―ありがとうございました。 (2021年3月中旬、聞き手:小林由佳)

 

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