田中宣仁さん - 日本産業ストレス学会-産業ストレス/メンタルヘルス情報発信

インタビュー

田中宣仁さん

田中宣仁さんTanaka Noritito

製造業 産業医

今後はますます社員の主体性を引き出す産業保健が重要に

「健康管理室が読むトップメッセージ」を定期的に発信

―今回のコロナ感染症により、関わる企業ではどのような変化がありましたか。
 当事業場でも、緊急事態宣言中は原則在宅勤務をしていました。産業保健業務に関しては、延期できるものは延期し、6月以降の企画やマニュアルづくりなど普段手が回らなかったことを進めました。当社グループ全体で緊急事態宣言中は休職カウントを止める方針が出ているので、復職判定も延期しました。

 健康管理室から従業員へは、イントラネットを活用して感染対策と在宅勤務時の留意点に関する情報を発信し、元々フォローしていた社員には希望に応じて遠隔面談等を実施しました。また、定期的に発信している「健康管理室が読むトップメッセージ」によって社員を鼓舞しています。これは、トップメッセージの発信に対して、健康の専門家として医学心理学的な視点からの解釈や科学的根拠を加えて、社内での浸透が良くなるよう支援したものです。4月に入ってトップメッセージが出たので、コロナ禍の難局をどう捉え、何を大切にすると企業がより良い方向に向かいやすいのか、健康の専門家としての知見を加えながら解説しました。私たちの資料を社内会議の色々な場で引用してくださっている管理職の方を拝見することも多々あります。

上位職に対するオンラインケーススタディを開催

 管理職研修は、もともと半年かけて進めているプログラムがあります(人と組織の活性化を目的に、社外講師と共に進めている「レジリエンスプログラム」)。このプログラムは、幹部を対象としたもので、困難な状況でピークパフォーマンスを発揮できるようになること、その影響を職場に波及させ、活力高い職場を作ることを目標としたプログラムです。5月末には、今の困難な状況におけるレジリエンス力を高めるため、このプログラム参加者のうち希望者に対してケーススタディ(事例検討会)を行いました。

 この事例検討会は、事例提供者が直面している困難状況を紹介し、他の参加者が「自分がその立場ならどうするか」を検討するものです。同じような立場の人が集まり、違う部門の困難事例を検討することで、逆境の中で解決策を見つける訓練になりますし、他の部門でどのような困難事例が発生するかを知ることがその後の業務で役立つこともあります。

 今回はオンラインで実施しましたが、参加者から大変好評でした。事例提供者は悩みを共有できた、戦略面や人事制度面含めて多様な意見をもらえた、というメリットを感じたようですし、参加者は、他者の事例を聞いて自分も勇気付けられた、学びあえたなどの感想が寄せられました。

オンラインでグループワークを成功させるための工夫

 オンラインでの事例検討会は、事前説明(40分)、小部屋でのセッション(各3名で30分)、発表(30分)、オブザーバーのコメントと質疑応答(40分)、参加者の感想共有(40分)の計3時間の予定でしたが、盛り上がったこともあり、結局1時間近く長引いてしまいました。集合研修で実施する時と同じ時間配分で行いましたが、振り返って考えると、集合研修の時とは時間配分や枠組みを変え、受講生同士が喋ることにより多くの時間を割くようにすると良かったと思います。なかなか顔を合わせることが難しい時期でしたので、受講者同士の絆を強くする、自分たちで解決法を見つけるところの時間がもう少しあると良かったです。

 参加者は事例提供者含めて10名でしたが、オブザーバー(社外講師と社内役員など)以外に事務局が7名ついて運営しました。今回は事務局が多く充実していましたが、もっと少なくするとしても最低4名は必要だったと思います。事例を検討する際は、小グループから大グループ、オブザーバーとのディスカッション、と徐々に規模を大きくしました。今後、議論により多くの時間を割く時は、1回あたりの検討時間を長くするというよりは、小グループの回数を増やすと良いと思います。

 運営側の事前の準備は3日かけて各自の受け持ちを進め、全体の打ち合わせに計4時間ほど費やしました。事例検討をスムーズに進めるため、事例提供者の資料はスタッフが第三者として事前に目を通し、誤解なく伝わるように修正して発信する、といったことや、資料を事前配布し、各自で考えてきてもらう、といった工夫をしました。また、当日の工夫としては、事務局は事例検討会に使う社用パソコンとは別に、個人パソコンを隣に置いて、事務局同士でチャットをし、各グループの様子や運営に関する情報を交換していました。オンラインでは全体像が見えないので、こうして多くの視点を共有して、全体の円滑な運営につなげたことも良かったことだと思います。

 実施した感想として、オンラインでも十分に効果を実感しました。ただ、もともと気心の知れている間柄だったこと、小グループの人数が3名と少数だったこと、等が良かったのかも知れません。小グループでは6、7名での対話が限界だと思います。

これからの産業保健は主体性がキーワードに

―これから産業保健活動を進める上で、重要だと思うのはどのような点でしょうか。
 健康を、「肉体的、精神的、社会的に完全にwell-beingな状態であり、単に疾病や病弱の存在しないことではない」、というWHOの定義にそって考えると、これからの産業保健は、「社会的なwell-being」という視点を持つことがより重要になると思います。

 病気でない状態を目指した活動だけではなく、本当のwell-beingな状態に近づけるよう、つまり社会的にもその人が充実して幸せな状態になるような産業保健活動をしていきたいです。完全にwell-beingな状態を実現するにはTOP層が活き活きと働き、その影響を社内に広めて社員を幸せにしていくことが重要ですので、レジリエンスプログラムのような活動を展開しているわけです。

 また、こういった活動を社内に広めていくためには、産業保健が主体になるのではなく、会社の中でそういう力が生まれるよう、我々は黒子に徹するような、会社や社員が主体性を発揮するようなあり方が重要かなと考えています。例えば健康診断の事後措置も、呼び出す、という形ではなく、本人が健康診断の結果を見て動き出す、という風にしないといけないでしょうし、職場環境改善にしても、法令対応としてではなく、所属長が「自分の組織やメンバーを活き活きさせたいからこれをやるのだ」、という形に持っていかなければならないと思います。そして、それをやることで成果が出るよう、促していかなければならないと思います。つまり、社員の主体性を引き出しながら、結果が出るように専門的に支援することを大切にしています。

―実際にどのように活動をされていますか。
 一昨年からは健康診断事後措置を見直しました。社員は健診結果を受け取ったらイントラへアクセスします。このイントラでは、総合判定の結果からクリックしていくことで、社員が自分で勉強しながら次までに何のアクションを取らなければならないか、自分で理解し判定できるようになっています。これは昨年基礎アイディアを作り、今年一般社員の協力を得てITツールとして完成度を高めたものですが、大きな流れでいうと、安全衛生委員会の分科会で社員から発信された意見を元に構築しており、社員が自分たちで作り上げたシステムとも言えます。この健診システムを使い、社員が自分で学び、自分で動くように促し、その結果を報告してもらうようにすることで、多くの社員の健康診断事後措置は完結しています。もちろん、希望する人には個別に対応していますし、また、本当に面談が必要な人に時間が割けるようになったという面もあります。今後、新型コロナウイルスの感染予防という観点や、在宅勤務などの働き方が変わることで、従来のような対面での面談が困難になる可能性があります。社会的にもデジタルトランスフォーメーションが進んでおり、産業保健も時代に合わせてこのようなITツールを積極的に活用すべきではないかと考えています。それが結果的に、社員の主体性にも繋がるのではないかと思っています。

 職場環境改善は、先着5職場の申し込み制にしました。基本的には、動画を見ることで最低限の職場環境改善を進めることができるようにしていますが、年に一度のラインケア研修で、健康管理室と一緒に進めていくことを希望する職場は、上位職の承認を得た上で申し込むよう周知したわけです。そうすると、申し込む側はコミットメントが高まります。今年は30職場以上の申し込みがありました。このように動機付けをしっかり行い、先着順という限定をすることで、問題を認識している職場は動いてきます。これからの産業保健の関わりは、主体性を促す仕掛けがより有効になっていくのだと思います。

―ありがとうございました。
(2020年6月上旬、聞き手:小林由佳)

 

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