菅江 順子さん - 日本産業ストレス学会-産業ストレス/メンタルヘルス情報発信

コロナ禍の産業保健活動の実際と展開のヒント

宗像 かほりさん

菅江 順子さん Sugae Junko

サントリーパブリシティサービス
SPC推進センター

「しなやかさ」を重視した産業保健活動を実践

対面サービス中心の働き方から、非対面・非接触が求められる世界へ

―企業の概要を教えてください。
 当社の業務は、美術館や商業施設の受付や、公共施設での運営および接客サービスが中心です。従業員数は約2700名ですが、そのうち契約社員やアルバイトが約2000名です。従業員の8割近くが女性(20代後半~40代前半が中心)であり、パートやシフト勤務など多様な働き方をしている従業員が多いのが特徴だと思います。

産業保健活動の体制としては、人事衛生担当者5名および嘱託産業医に加え、月3回保健師が来ています。また西日本など一部地域では親会社のサントリーHDの産業保健スタッフにも業務を委託しています。もともとサービス業ゆえの感情労働が多いことや、変則的なシフト勤務で生活リズムを整えにくいなどの問題を認識しており、フィジカルよりメンタル面の施策をより重視して活動していました。

ーコロナ禍で大きく変わった点はありますか?
 これまでは顧客とダイレクトコミュニケーションを通じてニーズを察知・サービス提供することを当社の強みとしてきました。今でも対面業務が中心ですが、新型コロナ対策として顧客から「密にならないサービス」を求められています。空気感や目線の置所などまで察知したサービス提供が通じない状況下で、どのようなサービス改善に取り組むかが大きな課題となっています。様々な取り組みを始めており、たとえばサントリーの工場見学施設では「リモート蒸溜所(工場見学)ツアー」を企画しています。

また行動制限によりコミュニケーションの機会が減り、マネジメントの難易度が高くなりました。グループ別の出社体制、テレワークに加え、休業部署の一部は完全在宅or自宅待機となっています。そのためランチや雑談などでカジュアルな会話がしにくくなり、お互い様子が分かりにくくなっているようです。出社比率は、緊急事態宣言中は50%以下に抑えていましたが、今は特定の比率を設けずに業務内容にあわせています。現場は受付や施設運営の都合上、対面(出社)が多い状況です。

新型コロナの流行により、多くの従業員が様々な不安を抱えています。たとえば業務がない事業所の従業員は自宅待機になるのですが、「将来的に今まで通り働けるだろうか」という不安を抱える人が多くいるようです。一方で受付担当者は、出勤して対面業務をすることによる感染不安を訴える人もいます。当社の従業員は若く・真面目な人が多いため、サービス業という属性も影響してか、社内の従業員に対しても「お客様」のように接してしまいがちで、自身の悩み・本音や愚痴を上手に吐き出せず苦しんでいる人が一定数います。コロナ禍が長期化することでの未来への不安・閉そく感が高まり、いわゆる「コロナ疲れ」にならないか懸念しています。従業員が安心して働けるよう、「心理的安全性」を意識した職場環境づくりが必要だと考えています。

非対面でも可能なコミュニケーション手段を準備

ーコロナ禍の産業保健活動で工夫している取り組みを教えて下さい
 コロナが流行する前は、労務担当者として社内で健康不安がある従業員に対して積極的に声をかけたりし、不調者の定期フォローや、現場のストレス状況について情報収集をしていました。しかしコロナに関連して三密防止が必要になることで対面機会が減少しており、違う手段で情報収集する必要があると感じています。たとえば自分の部署でいえば、テレワークメンバーにはミーティング前に雑談の時間を意識的に設けて、仕事以外にも話を気軽にできるようにしています。

それ以外の取り組みとしては、イントラネットに社内版SNSがあって、社員が各職場の状況(様々なイベントの紹介など)を積極的に発信できるようにしています。情報を見るだけではなく、他の社員からも簡単にコメントができるようになっており、たとえば当社の社長も積極的にコメントを投稿しています。この制度はコロナ以前からありましたが、以前に比べて有用性がより理解されるようになってきました。

ーほかにも工夫をされていることはありますか?
 コロナ対応そのものではありませんが、メンタルヘルス施策の基盤整備の一環として、2020年春より保健師を新たに業務委託し産業保健体制を強化しました。オンラインでも対応したり、気軽に相談できることを社内に周知したことにより、面談希望者が徐々に増加しています(前比125%)。

さらに「会社に知られずに面接を受けたい」というニーズに答えるため、人事を介さずに保健師に直接相談できる保健師相談窓口も1年前に開設しました。月4-5件程度は相談あり、こちらも徐々に利用回数が増えています。希望者が専門家の面談が受けやすくなっていることはとても良いことですが、必要なリソース確保など品質の維持向上が今後の検討課題です。

ーフィジカル面での取り組みはありますか?
 「体を動かす機会が少なくなった」という意見がコロナ以前から多く寄せられていました。そのため、サントリーグループ全体のウォーキング大会に参加するなどの取り組みを進めています。この大会は、スマホの万歩計アプリと連携して会社別・部署別などで歩数を競う形式になっており、上位になると景品をもらえたり寄付できる仕組みがあります。社長も積極的に参加し、健康に対しポジティブなメッセージを社内に伝えてもらっています。


健康改善活動のハードルを下げて、自分の健康を身近に考えてもらう

ーコロナ不安に対しての取り組みを教えて下さい
 サントリーグループとしては、各社共通の「サントリー社外相談窓口」を開設し、通常のEAP相談に加えて期間限定で相談窓口を追加で設置しました(現在は増設終了)。また、受付業務の一時停止などで休業中の部署や、オンラインでしか仕事をしていない部署の若手から閉塞感や将来への不安感の訴えが多く寄せられたため、緊急サポートとして保健師によるオンラインのセルフケアセミナーを開催しました。

さらに、セミナーの際に参加者にアンケートを取り、ストレス評価を実施しました。その結果が気になった人に対しては声掛けを行い、希望者へ面談も実施しています。これらの取り組みにより、早めに不調者発見につなげることができたケースもありました。残念ながら面談実施者のうち休職される方もいましたが、それでも重症化する前に早めに発見できてよかったと感じています。

代替業務もなく、どうしても担当する仕事がない従業員については、今も会社都合で自宅待機を続けている人もいます。アンケート調査により、働いている人に対して申し訳ない気持ちを持っている自宅待機者がいることが明らかになりました。一方で、オンラインでの働き方に抵抗感を感じる従業員もいるなど、コロナによる働き方の変化が様々なストレスにつながっているようです。そのような従業員の声をキャッチしたら、現場・人事双方で何かできることはないかを探るようにし、今も試行錯誤を続けています。

―従業員への健康情報提供について、進めている取り組みはありますか?
 社内アンケートにより、若い人の健康意識があまり高くなく、約半数は健康増進に向けた活動を何もしていないこと、一方でそういった自分を変えたいと思っている人が多いことが分かりました。そのため、健康に対する意識醸成を目的に、イントラネットに健康情報専門のページ「健康情報箱」を開設しました(21年春~)。

このページでは健康情報を受け取るだけではなく、自分の健診結果やストレスチェック結果をすぐに確認できる上、困った際には産業保健職の相談窓口にもつながるようになっています。

また、気軽に生活習慣改善できるアプリ「SUNTORY+」を全社展開しました。このアプリは、「日光を浴びる」「よく噛んで食べる」など簡単で日常に取込みやすい健康目標を設定できる点がポイントです。普段健康増進活動をやっていない人は、ハードルが高すぎると自分のだめなところが見えてしまい改善行動をやめてしまいがちです。本ツールを「自分で自分を褒めるきっかけ」としても活用してもらっています。

さらには健康イベントとして、健康川柳を全国から募ったところ、計100件ほど集まりました。現在それを全従業員に公表して気に入ったものに投票してもらい、グランプリを選んでいるところです。カジュアルに楽しめる様々な企画を発信し健康改善に取り組むハードルを下げることで、健康を身近に考えてもらいたいと思っています。

また、メンタルヘルス施策の早期浸透のために、メンタルヘルス研修を年間の階層別研修に組み込みました。特に新人に対してはセルフケアを当たり前のものとして早いうちから知ってもらいたいと考えています。その際には厚生労働省のこころの耳サイトの資料を活用しています。

「しなやかさ」を重視した産業保健活動を

ー今後に向けて試行錯誤している点を教えて下さい
 ニューノーマル下でのコミュニケーションのあり方を検討することが、現在の最重要課題と考えています。具体的には、リアルでの接点が減っている環境下でも社員の個性・コンディションを把握・具体アプローチにつなげ、現場のマネジメントをサポートすることが求められています。そのための一つの対策として、最近ITツール「INSIDES」をトライアル導入しました。このツールは、社員に今のコンディションについてWebアンケートを行い、そのレポートをマネージャーが確認することを通じて、個々の部下へのアプローチを考える仕組みです。管理職に対してはコミュニケーションを円滑化する声掛けの仕方などもしっかりアドバイスしてくれますし、アンケート回答者にもアドバイスがフィードバックされます。管理職から「部下への声のかけ方が分からない」という意見が多いこともあり、このツールを試してみました。

より良い産業保健活動の展開に向けては、「しなやかさ」を重視したいと考えています。もちろん法律や規程を守るのは大前提ですが、それに縛られすぎず、ひとりひとりの従業員が輝くための最善・最適な方法を見つける努力を怠らないことが大切です。たとえば、就労配慮を考える上でも、「〇〇病だから××する」といった単純な話ではなく、個別の従業員の全体像を把握し、現在のできている業務や将来の働き方や経済的事情といった全体像をみて、型にはめずに最適解を探っていく姿勢が重要だと思います。私自身が社労士資格を有していることもあり、まずは法制度に沿ってロジカルに判断することが重要であるのは理解していますが、その上でさらにしなやかさを身につけていきたいです。

ー今後実施したい取り組みはありますか?
 一次予防としては、特にメンタル不調については「誰にでも起きうるもの」というスタンスをすべての従業員に理解してもらい、心理的安全性の高い職場づくりに継続して取り組みたいと思います。たとえば、保健師相談が増えている背景として、メンタル相談、特に人間関係の相談が多いのが気になっています。職場の中で本音が言えずに保健師に相談している、いわゆる「お悩み相談」で利用されている方もいる印象も受けています。上司に気軽に相談できる環境を作り、心理的安全性を高くすることで職場内で問題を解決してもらい、保健師には専門的な医療相談に特化できる状況が最適だと考えています。

またメンタルヘルスとキャリア自律はセットで考えるべきだと思います。会社に身を任せすぎて自分なりの目標やありかたが確立できていない人は、仕事が上手くいかないときに「会社のせい」「上司のせい」と感じてしまったり、必要以上に自分を責めてしまう印象を受けます。仕事以外も含めた自分の価値を理解し、個人として自立・自律することができれば、そういった状況にも変化が生まれるのではないでしょうか。

最後に、健康経営のさらなる推進・基盤づくりも大切です。当社の取り組みは小さな活動やイベントが中心で、そろそろ大きな方向性を定める時期に来ていると感じています。「そもそも健康経営がどういうもので、将来的にどのような企業になりたいのか」という目標設定をしっかり進めていきたいです。

(2021年10月下旬、聞き手:石澤哲郎)

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