高橋利果さん - 日本産業ストレス学会-産業ストレス/メンタルヘルス情報発信

インタビュー

高橋利果さん

高橋利果さんTakahashi Rika

大東建託株式会社 保健師

信頼をキーとして、現場の声と対策とを結びつけ、スピーディな全社展開へ

いち早く新型コロナウイルス対策本部を設置

―今回のコロナ感染症により、会社ではどのような対応をされましたか。
 当社は、アパート・マンションの建設並びに不動産管理業務を行う会社です。現在、単体総社員数9640名、東京の品川本社に45部門、全都道府県に224支店を有する、単一企業分散型事業場です。産業保健スタッフは、本社人事部に保健師7名(管理職1名)、事務職2名、統括産業医1名が、支店産業医34名、全国の衛生管理者974名と協力し、社員の健康管理・安全衛生を担っています。保健師は、エリア担当制と業務担当制を兼務し、産業保健活動を展開しています。

 大東建託グループは、2020年2月27日より、社内でのBCPを含めた対策を開始し、2020年4月7日に「新型コロナウイルス対策本部」を立ち上げ、社員の体調把握、感染予防の指示徹底、社内イントラへ特設サイトを開設、タイムリーな情報発信等を実施しています。また、ステークホルダーの皆様に対しても、新型コロナウイルスに対する会社方針を、2020年5月1日に社長のトップメッセージとしてホームページに公開しています。

 私達産業保健スタッフは、3月から全員在宅勤務に、全国の従業員も緊急事態宣言に伴い、順次在宅勤務に移行しました。現在、産業保健スタッフも週3-4日は在宅勤務です。緊急事態宣言が解除となり、全支店で一部営業が再開となりましたが、引き続き時差出勤や在宅勤務が継続されています。こうした会社の動向は、産業保健スタッフの管理職が新型コロナウイルス対策本部のメンバーですので、営業開始に向けての3密対策や、マスクやパネル等の物資についても、一早くリモート会議で産業保健スタッフ内に共有されます。

 今回は、産業保健スタッフで展開したコロナ禍でのストレス対策に焦点を絞ってご紹介したいと思います。

情報提供、研修や面談方法の変更、相談窓口の周知を多方面から

 まずは、社員から寄せられる電話対応を開始しました。「熱が出た、どうしよう」と言った発熱に関する相談、感染予防、家庭内感染防止、体調に関する不安等の相談が日々多数寄せられ、個別に対応しました。皆、初めての在宅勤務や目に見えないコロナウイルスとの闘いに対する不安や怒り、疑問を受け止め、フォローが必要な方には新型コロナウイルス対策本部と連携しながら経過を確認しました。コロナ禍での相談内容は、自粛期間延長に伴い心身の体調の変化や仕事内容へ変化していると感じています。

 次に、「在宅勤務時の健康管理」(ストレス対処含む)を新型コロナウイルス特設サイトに公開するとともに、在宅時の体調管理に役立てて頂けるよう「過去のメンタルヘルス研修資料」を公開しました。

 私傷病やメンタル不調で自宅療養されている社員の復職面談は、従来のTV会議による産業医面談からオンライン面談に変更しました。円滑に進める工夫として、面談を受ける社員に対し、事前の体調確認を十分実施することとしました。更に、復帰時には生活日誌を提出してもらい、自宅待機期間で生活リズムが乱れていないか再確認しました。

 緊急事態宣言解除後には、エリア担当保健師から、相談窓口案内の一斉メールを送信しました。また、withコロナ対策として、統括産業医と協力し、免疫力向上やストレス対策に関する情報を全国安全衛生委員会にて公開しています。また、相談窓口再周知については、複数媒体による情報提供(社内イントラ、コロナ特設サイト、デジタルサイネージ)を実施しています。リモート環境が整っていない社員にも情報を届けるため、会社のホームページも活用し、情報を掲載しました。

 産業保健スタッフが実施するメンタルヘルス研修は、2月の時点で集合型研修から動画視聴サービスに変更しました。現在、テーマも検討中ですが、今年は集合型研修を一旦中止し、動画視聴サービスによる研修実施方法に変更予定です。ストレスチェックの実施についても実施時期を早め、カスタマイズできる設問にコロナウイルスへの不安や感染防止対策実施の有無等、会社独自の質問項目を追加しています。

 組織対応として、入社と同時に在宅研修を開始した新入社員へのケアのため、「研修中の体調管理や相談窓口の周知」を周知依頼しました。また、配属後には、保健師より入社後フォローメールの送信、「2020年度の新入社員の特徴と対応」についての情報提供等、人事部の教育部門と協力して実施致しています。

 次に、新型コロナウイルス対策本部へのケアを実施しました。災害時の職員に対する支援について複数の自治体が公開している情報を収集し、想定される心身の状態とセルフケア、相談窓口を記載した資料を作成しました。情報量が多いと負担になりますから、A4サイズ1枚程度とし、対策本部長にチェックリスト配布を依頼、適宜個別に対応しました。

 withコロナ対策として、管理職に対し、安全配慮義務の4つのポイントをメンタルヘルス研修で公開予定です。その他、中断していた職場巡視再開時に社員の不安へ対応いただけるよう、本社統括産業医より全国の支店産業医へ会社の動向を周知しました。

 更に、今後の健康施策の一つとして、全社に向けた朝食キャンペーンにもストレス対策を反映しました。毎年実施している朝食フォトコンテストのテーマを免疫力向上やストレス対処に特化したものに変更し、現在準備中です。

社員個々人への傾聴を基本に、可能なことはすぐに対応

―苦労された点や工夫された点を教えてください
 体調不良者や休職者への対応では、「話をよく聞き、可能であればすぐに対応すること」「情報を共有すること」「一社員として共感すること」の三点を意識しています。

 一点目は、心身の不調に関する不安だけでなく、ちょっとした気がかりや先の見えない不安等、複数の要因が重なっていることを念頭に置いて傾聴し、可能なことは速やかに対応するようにしたことです。

 自粛が始まる前の2月にはすでに個別にコロナのご相談が来ていました。感染流行地域での感染への不安、厚生労働省や保健所の相談窓口に電話がつながらない、病院でPCR検査をしてもらえなかった、自宅待機への焦り、仕事ができない、ストレスがたまる、誰とも話さない等の声が聴かれました。管理職からは、在宅勤務の部下の対応相談や今後の見通しへの不安等、本当に様々でしたので、傾聴し、医療職として相談・助言を行いました。

 私傷病やメンタル不調で自宅療養している社員については、主治医から受診延期を指示された、通院先にリモート診療のしくみがない、診断書の取得に時間がかかる等、コロナ禍での病院の対応に社員の方が焦ってしまう場合も散見されました。その場合は、人事部と相談し、勤怠調整を行う等、実質的な不安への対応を致しました。

 各支店や部門には、窓口となる衛生管理者や管理職がおり、体調不良者の有無を確認し、状況を本社に報告される中で、現場の声を直接聞くことが出来ました。産業保健スタッフ含め、新型コロナウイルス対策は皆初めてですから、現場での不安や疑問は速やかに解決できるよう対応しました。

 二点目は、産業保健スタッフ間で情報を共有し、社員からの相談を集約したことです。毎日、新型コロナウイルス対策本部に社員情報が入ります。産業保健スタッフの管理職が対策本部におりますので、フォローが必要な社員の情報が各エリア担当保健師に連携され対応しますが、誰に情報が入っても速やかに内容が確認できるようにしました。週に2回実施されるリモート会議で疑問や改善点を出し合い、共通認識で対応できたと思います。

 三点目は、一社員として共感する立場で接することです。先の見えない不安や、孤独感、在宅勤務で感じたこと等、私達も同じように感じていました。それを相談者と共有することが、時には良かったのではと思います。「保健師さんもおんなじですねえ」「元気が出た」「お互いに乗りこえましょう!」といった声の掛け合いは、私達にも大きな力となりました。

 新型コロナウイルスの流行期間は、ちょうど4月の人事異動の時期、大きく環境が変化する時期と重なりました。個別相談や電話対応の中で、異動や単身赴任、引っ越しが延期になった、異動先に勤務したものの社員の顔を覚える間もなく自宅待機に入った、昇進したがコロナ禍の対応を模索している、上司や同僚が異動した等の声も多く聞かれました。それに気づいて以降は、社員の皆さんと話をする際は、雑談でもいいので、ちょっとした声かけ、異動した場合は様子を伺い傾聴するようにしました。企業において人事異動は大きなイベントであり、心理的な負担が大きく、時期というのも重要なキーワードになると社員の皆さんから気づかされました。

情報の集約と全社展開のサイクルを部門間の連携で可能に

 組織対応で工夫したのは、「社員の声を活かし、公開されている情報も参考に、速やかに全社展開すること」「関係部署と連携し、発信する情報の集約や内容の充実を図ること」の二点です。

 社員の声の中には、現場の管理職や衛生管理者からの意見も少なくなく、その多くは社員のニーズに直結していました。今回、「在宅勤務時の健康管理」と、「過去のメンタルヘルス研修資料公開」の情報を公開しましたが、これらは、現場の支店長や部門長のからの声がきっかけです。実際に、「これから自宅待機になるが、みんな気持ちが滅入ると思う。ストレス対処含めた健康管理の情報をまとめて送ってほしい」、「在宅勤務の合間にほっとできるような情報があるといいよね」と直接保健師に連絡頂きました。個別対応に追われていたので、提案が本当に嬉しかったです。今後も、現場の期待に応えるべく、専門的な知識や情報収集力はもちろん、こうして直接声を頂けることに感謝し、産業保健スタッフと現場の関係性の構築を大切にしなければと痛感しました。

 二点目に関して、今回連携した部門は、対策本部、新入社員の教育部門、総務部や、安全衛生委員会事務局、役員等、多岐にわたります。

 新入社員には、入社時に相談窓口を伝えてはいましたが、実際に日々対応いただいたのは教育部門です。体調や仕事への不安を感じていると伺い、産業保健スタッフとして何が出来るか考えました。新入社員にアンケートを実施する時間はありませんでしたので、公的機関や人材開発系の会社が公開しているアンケート結果を参考に、「2020年の新入社員の特徴と現場での対応」という資料を教育部門と共に作成しました。これは、教育部門からの声を頂けたからこそ、対策に結びつきました。新型コロナウイルス対策本部とも先述のように情報提供と連携を行なっています。

 この他、緊急事態宣言解除後も、引き続き社員の健康管理やストレス対策の一環として、総務部に協力いただき、デジタルサイネージの活用を開始しました。全支店に画像を通して、相談窓口やメンタル対策(コミュニケーションの活性化)を周知しています。更に、役員からの声かけも後押しとなり、全社員一斉メールについても速やかに実施できました。安全衛生委員会の事務局には、配布資料にwithコロナの掲載スペースをもらうこともできました。その他、メンタルヘルス研修を動画視聴に切り替えるため急いで対応してくれた情報システム部、速やかにホームページに情報を掲載してくれた広報部等、本当に沢山のご協力を頂きました。有事に対し、社員が一体となって活動できる社風と、社員の皆さんに感謝しています。

 今回、コロナウイルス支援に関する知見がほとんどない中、公開されている情報や専門知識を取捨選択し、まとめる時間が限られたことには苦労しました。産業保健スタッフの仲間の協力が本当にありがたかったです。ただ、こうして実施した対策ですが、どれほど社員に浸透したのかが課題です。実際に、社員からの声も頂いていますが、全体的な評価については、今後も対策を継続しながらPDCAを回していきます。

社員とのリモート・トラスト、ポジティブメンタルヘルス、部門間の関係を重視

 新型コロナウイルスが終息するまでは、新しい生活様式が継続され、産業保健の在り方も変化を余儀なくされます。メンタルへルス担当保健師として、以下を強化していきたいと考えています。

 一つ目は、現場との関係性の維持・強化です。今後も勤務の多様化やリモート勤務がますます進むと思われます。現在、社員同士のコミュニケーションが限られた中でのリモート・トラストの構築は、企業の課題として注目されています。これまで私達は分散型事業場の特徴を踏まえ、不調者対応だけでなく、様々な健康施策を通して、電話、メール、リモート会議、会社行事での顔合わせ等の多様な機会を作り、10年間かけて現場とのコミュニケーションを積み重ねてきました。今後も、現場から頂く電話やメールに真摯に対応していくこと、期待を裏切らないこと、現場に負担をかけないこと等を念頭に置き、一つ一つの事例を大切に、産業保健スタッフ自らがコミュニケーションをはかる努力を続けたいと思います。

 二つ目は、ポジティブメンタルヘルス対策です。今後もwithコロナが長引けば、ストレス対策と共に、快適な職場環境づくりが一層求められます。弊社で実施しているメンタルへルス研修もポジティブなテーマが好まれています。社員の一体感やモチベーション維持に向けた研修や、全国安全衛生委員会を通し、情報提供を継続したいと考えています。

 三つ目は、関連部門との協力です。コロナ対策に限らず、社員にとってより良い対策を実施するためには、産業保健スタッフだけでなく、産業保健スタッフ以外の組織の力が必要です。そのためには、普段からの関係づくりが基礎となります。情報の確認依頼には時間的な余裕をもつこと、部を超えた依頼の際は、上司の支援をもらいながら、今後も様々な対策を実施していきたいと思います。

―今後に向けて、メッセージをお願いします。
 今回の新型コロナウイルスは、今まで経験したことのない心身の健康状態や仕事や家庭を含めた環境等、大幅な変化を余儀なくされました。現場は、健康診断やストレスチェック等の法令遵守の徹底、多様な勤務形態に伴う勤怠管理への負担が続いています。自粛期間から続く現場の安全配慮義務に対する意識は今後も高まっていくでしょう。こうした高ストレイン状態の中で、私達産業保健スタッフは、社員の心理的負担や、ストレス状態を緩和するための、サポートの一端を担えるかが問われていると思います。そのために出来ることを常に考えていかねばなりません。

 働き方やコミュニケ―ションの方法が多様化する中で、いかに現場との連携強化が出来るかも課題です。産業保健スタッフとして、今後の職場のあり方を考え、より良いコミュニケーションの方法を模索しているところです。分散型事業場の産業保健活動は、現場の理解と協力があって初めて展開できますから、私達は日々の多忙さに流されることなく、常に感謝の気持ちをもち、心にゆとりを持って対応できる姿勢とモチベーション維持が必要です。

 コロナ対策はまさに始まったばかりです。第二、第三波に向けてやることは無限にあります。この日本産業ストレス学会での情報交換を通し、他企業の皆さんの事例を参考にしながら、よりよい活動を継続してきたいと感じました。

 弊社の活動が少しでもご参考になれば幸いです。皆さん、引き続き一緒に頑張りましょう!

―ありがとうございました。
(2020年6月中旬、聞き手:小林由佳)

 

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