加藤杏奈さん - 日本産業ストレス学会-産業ストレス/メンタルヘルス情報発信

インタビュー

加藤杏奈さん

加藤杏奈さんKato Anna

花王株式会社本社 産業医

オンラインを活用して産業保健をもっと身近に

トップメッセージと情報提供で相談増

―今回の新型コロナ感染症により、関わる企業ではどのような変化がありましたか。
 当社では2月末から在宅勤務が推奨され、非常事態宣言後は工場勤務でない部門は全て出社禁止となりました。大きな変化ではありましたが、社長からイントラを通じてメッセージが複数回発信され、大きな方針のもとで活動を進めることができました。発信内容は、「one teamで乗り切ろう」というメッセージと、社員の健康が第一であること、会社の方向性などを示すもので、どれも最後は必ず「みんなで頑張りましょう」という言葉で締めくくられています。イントラのアクセス数は多く、社員が注目していることがわかります。

 イントラには新型コロナ感染症に関するコーナーが設けられていて、各拠点の状況や対策が見られるのですが、その中に健康情報や相談窓口情報を入れています。さらに、5月の連休明けには健康管理の部署から全社員にメールで情報発信をしました。環境変化におけるストレスへのセルフケアとして、厚生労働省の「こころの耳」に掲載のセルフチェックや健康相談窓口の情報、EAP機関の情報を提供しました。

 女性の健康相談窓口では産業医が直接お答えしていますが、女性の健康ニュースやイントラを見て連絡をくれる人が増えました。例えば自粛期間中の不妊治療や、生理不順に関する相談があります。その他の一般的な産業医相談では、在宅勤務でオンオフの切り替えがしにくくなったといった声が聞かれます。オンライン相談のほうが、相談しやすいという人もいるのだと感じます。

オンラインツールでコンタクトや連携がしやすく

 在宅勤務でモチベーションが保てなくなったという相談もありますが、全体としてのマイナスは少ないように思います。通勤時間が減り、睡眠時間や家族の団欒の時間が増え、余裕のある生活を送れる人も増えています。

 メールやチャットなどの活用により、コミュニケーションのハードルが下がっていると感じます。海外赴任の方も含め、こちらからコンタクトを取ることで喜んでもらえることが多くあり、関わりが求められていると感じることがあります。衛生委員会でも、反応がいつもより良いように思います。衛生講話もオンラインで行いましたが、意外と皆さん聞いてくださって、講話内容を各事業場のイントラに載せてくれたり、個人的にも「ネガティブなニュースが多い中で、会社でまとまった情報を出してくれてよかった」「ストレスコーピングを家族でやってみます」などといった感想を頂いたりと、いつもより大きな反響がありました。

 相談が増えた背景には、イントラでの発信と窓口周知、オンラインによるアプローチのしやすさがありますが、看護職による促しも大きな力となっています。看護職が頑張ってこまめに対象者へ連絡し、窓口になっています。対象者~看護職~産業医の連携がすごく重要なのですが、この連携もオンラインによってやりやすくなりました。実際、以前なら出張で私がオフィスを不在にする時間が多かったのですが、今はオンラインツールで予定がわかるので隙間時間に気軽に連絡が取れるようになってよかった、と言われます。全国の看護職と電話やチャットで以前よりも頻回に相談しています。わざわざ会議室を取らなくても、いつでも話ができることも便利です。

孤立リスクのある方へ積極的にアプローチを

 在宅勤務になって、メンタル不調者への継続面談や就業制限の面談の頻度は控えめになりました。現在は健康診断やストレスチェックも延期しているため、従来の面談の数は減っています。一方、在宅勤務が基本となっている現在、メールや社内イントラの使用頻度が増えています。ネガティブで信憑性の低いニュースが溢れる中、産業保健スタッフが正しい、まとまった情報、またポジティブな内容を流すことは大事だと思いますし、情報発信やコミュニケーションを活発化することも必要とされていくと思います。

 そして、このような時こそ、オンラインを有効活用し、相談を躊躇しがちな方への心身の健康支援が必要だと感じています。例えば、単身者、実家や自宅と離れて暮らしている方、海外赴任者などは特に、在宅勤務で周囲からのサポートが不足している可能性があります。5月の連休も社の方針で皆さん帰省していません。孤立するリスクのある人への支援は、今後さらに重要になると思います。オンラインの活用により、アプローチのハードルは下がっているので、こちらからの働きかけへの反応も得やすいと思います。メールひとつでも全然違いますので、繋がりを持つようにしたいと思います。

オンライン対応の手技の向上がますます求められるように

 人とのコンタクトを避けなければいけない状況なので、今後も在宅勤務がメインになっていくと思います。そうすると以前のような対面の面談はまず難しいと考えています。そのため、オンラインの機能を充実させつつ、オンライン対応の手技やマニュアルを充実させていくと良いと思います。すでに、他社では従業員からクレームを受けたという事例も聞きます。自分から話すことが苦手な人や発言に時間がかかる人はいますが、そういう人に対して、「もう言うことはないのかな」とそのまま面談を終えてしまったために、「全然話を聞いてもらえなかった」と言われたというのです。タイムラグもありますし、相手が話したいことを感じ取るような、その辺の肌感覚は、トレーニングしないといけないと感じます。

 また、ゆっくり話すことや、相手のネット環境に応じて、画面と電話を併用するなどツールの使い分けも工夫できる点です。そのほかの工夫としては、書類を見ながら話を進めると相手の様子がわからなくなるため、生活記録表や主治医意見書は事前に送ってもらって、よく読み込んでから面談に臨むようにしています。面談の設定でも、上司や人事が入るとオンラインでは余計に話しづらくなる人もいるので、最初に雑談を入れたり、一人一人順番に意見を求めるなどして、話しやすい設定や雰囲気づくりをするようにしています。それから、回線トラブルで面談時間が減ったりして、時間が押してしまった時、突き放したような面談の終わり方にならないよう、いつもより長めに枠を取っておくのも工夫です。慣れてしまうといいのですが、最初はこうしたハードルがあるため、マニュアルを作ることも良いと思います。このように、上手にオンラインを活用し、必要な人にどんどんアプローチをして、産業保健をもっと身近に感じてもらいたいと思います。

―ありがとうございました。
(2020年5月下旬、聞き手:小林由佳)

 

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