原 裕亮さん - 日本産業ストレス学会-産業ストレス/メンタルヘルス情報発信

コロナ禍の産業保健活動の実際と展開のヒント (テスト)

宗像 かほりさん

原 裕亮さん Hara Hiroaki

MXモバイリング株式会社 
人事部健康経営推進室長

すべての従業員が安心・安全に働くことができる環境を目指して

「運任せの結果オーライより、備えに備えた上での取り越し苦労でよい」新型コロナ対策を実践

―企業の概要やコロナ対策を教えてください。
 弊社は携帯電話のショップ運営及び法人営業を主力事業とした企業で、従業員数は全国で約5000人です。
2019年度後半の新型コロナウイルスの流行当初は、いち早く社長を責任者とした対策本部を立ち上げ、従業員の安全・安心を第一に「運任せの結果オーライより、備えに備えた上での取り越し苦労でよい」との方針のもと、あらゆるリスクを想定した準備をしました。
緊急事態宣言等過去に例のない状況でガイドラインのようなものがないため、国や地方自治体の対応・施策等に則して様々な対策を講じ、都度社内通知をすることで進めていきました。

従来ではBCP対策を目的に一部の管理職のみにリモート接続のしくみを導入していましたが、コロナ禍となり感染リスクの低減や感染拡大防止を目的に、本社や全国の支店スタッフにリモート接続のしくみを短期間で導入しました。都の要請が出た3月以前には既に構築しており、在宅勤務制度と時差出勤制度を併用し、感染リスクの低減を図りました。
加えて、当社は従業員の大部分が対面接客をしている企業であるため、店頭で働く従業員の安全・安心を最優先にした施策も検討してきました。
実際の取組みとしては、例えばマスク不足が想定された際は、独自調達ルートで十分量のマスクを確保し、全従業員への配布を行いました。また、全拠点へのアルコール消毒液や体温計の配備なども実施し、こうした素早い対応が従業員に大きな安心感を与えられたと感じています。

コロナ陽性が疑われるような症状で体調が悪くなった従業員が出た場合は、専用のWebページを利用して上司に報告してもらうことで、社内の罹患状況やリスクをタイムリーに把握し、出社可能になるまで毎日健康状況を報告させるなど、従業員の安全確認を徹底しました。

先述の通り、当社の主力事業は小売業(携帯電話販売業)であり、従業員の8割が店頭で対面接客を行っています。不特定多数のお客様と日々接するため、感染リスクをゼロにすることは困難でした。そのためアルコール消毒液や、アクリルパネルの設置、サーマルカメラの設置などの職場環境改善、ワクチンの職域接種による感染予防策に加え、抗原検査キット配備による感染拡大防止策やパルスオキシメータ配備による自宅療養者の重症化防止策を講じました。
さらに営業時間の短縮、予約制の導入、2シフト制といった仕事のやり方の見直しなど、あらゆる手段を講じ従業員の安全とお客様の利便性を損なわないように対応をしてきました。

特に社内に抗原検査キットを常備したことにより、陽性者が出た店舗ではすぐに全員を検査する仕組みを取り入れることで感染拡大リスクを早期に発見することができました。この取り組みで陽性判定が出たのは2名(インタビュー実施時点)だけでしたが、その2名を保健所の対応を待たずに早めに対処できたことで、社内流行を防げたと思っています。

―従業員のメンタルに関して影響はありましたか?
 コロナ禍における2020年度のストレスチェックは高ストレス者の増加が懸念されましたが、こうした対応により若干ですが前年の高ストレス者率を下回る結果となりました。ただ、以前より店舗スタッフの方が本社スタッフよりもストレスが高めであり、店舗ではコロナ禍でも出社が必要な従業員が多いことから、メンタルケアの対応は引き続き重要だと考えています。

産業保健職を質・量ともに増やして体制を強化

―産業保健活動に関する取り組みとポイントなどあれば教えて下さい
 当社はコロナ禍以前の2017年度から、健康を重視した取り組みを始めていました。現在は同時期よりも保健師の人数は2倍、産業医の契約時間は4倍となり、精神科や心療内科の専門医も含めた体制強化を進めています。

産業保健師の採用にあたり重視したのは専門知識もさることながら、「一緒になって従業員の健康を守っていこうという意識」や、「チームとして一体感を持って課題に取り組めるか」という点でした。専門知識や経験値が高い方や、未経験者の方など様々な方と一緒に仕事をしてきましたが、もっとも必要なのはチームとして働くためのコミュニケーション力や協調性、積極性といった働く上での基本スキルでした。何か困ったことが起きたり、分からないことや予測不能なことが起きたとしても、みんなで調べたり産業医と一緒になって考えたり、お互いに知恵を出し合えば解決できないことはほぼありません。「一緒に頑張れる人」をいかに採用するかがポイントであり難しいところです。

―具体的な工夫や取り組みについて教えて下さい
 仕事上のストレス要因は労働時間とコミュニケーションによるところが大きく、仕事量や仕事のプレッシャーについて適正な人員配置と適正なコミュニケーションで対処すれば、ストレスの多くはやわらぐのではないかと考えています。
そのため当社が最初に取り組んだのは、適正な労働時間管理でした。在社時間を管理する仕組みを整備するとともに、独自の勤務ガイドラインを策定し、管理職に徹底した教育を行うことで、労働時間の適正化を図りました。
人員不足に対する業務の平準化や採用強化も合わせて行うことで、平均時間外労働時間は2017年比で約55%削減することができました。
それにより、適正な労働時間管理と職場ごとの管理の統一化が図ることでき、長時間労働の削減とあわせて従業員が安心して働く環境を構築することができました。

次にコミュニケーションに関しては、ハラスメントの撲滅に向けた教育(管理職研修)の定期的な実施、ヘルプライン設置による通報制度の強化、外部相談窓口の設置などを行いました。コロナ禍の影響で対面コミュニケーションが減ったことへの対策としては、以前よりチャットアプリのWowTalkを従業員へ展開しており、従業員間のコミュニケーションツールとして活用しています。
また社長が健康経営責任者として、一緒に産業保健活動に取り組んでいることも当社の特徴だと思います。様々な取り組みの結果、ストレスチェックにおける高ストレス者率は、2016年比で5%超下げることができました。


すべての従業員が安心・安全に働ける環境を目指して

―現在試行錯誤していることを教えて下さい
 労働環境の整備により一定の成果は得られましたが、対面接客に従事する従業員は新型コロナウイルスへの罹患リスクと日々向き合いながら勤務をしています。こうした不安を低減するためには、継続した改善活動が必要と考えています。新型コロナウイルスの蔓延状況や、ワクチンなどの国の施策、会社として対応できること、個人で対応できることなど、あらゆる情報を日々収集して様々な対策を検討し続けています。対策にかかる費用は相当な額になることもありますが、従業員が安心・安全に働ける環境の整備が最優先という経営TOPのリーダーシップのもと、かかる費用は、経費ではなく投資と考えています。

―産業保健活動において大切にしていることを教えて下さい
 当社は全国に約5000人の従業員がいます。地域や組織の違いなどによって、対策の遅れや施策適用の遅れ、従業員サポートに差が出ないように常に考えています。面談や教育などのオンライン化を進め、すべての従業員が安心・安全に働けるよう配慮をしています。
当社の企業価値は人財にあり、その考えは2019年に制定した健康宣言にも「社員はかけがえのない財産である」と表現されています。当社の成長を支える人財が、健康でイキイキと長く勤められる環境をいかに作るかといことを常に考えていますが、そのためには私たち健康経営推進室のメンバー自身が、健康でイキイキと働いている姿を見せることも大切だと考えています。
感染症対策だけではなく、健康診断などやるべきことを当たり前に実行できるよう、細心の注意を払いながら業務にあたっています。また全国の店舗に対しても、体調面で何かあれば、本社の健康経営推進室を窓口にして相談できるようにしており、産業医や保健師によるオンライン面談を実施し地域差がないようにしています。
最後に、昨年に引き続き実施している新型コロナワクチンの職域接種については大きな反響がありました。社長や管理職に感謝の連絡が来るなど、従業員のエンゲージメント向上に大きく寄与したと考えています。


一つひとつの課題に対して着実に対策を実行

―今後予定している活動を教えて下さい
 昨年経済産業省より健康経営優良法人に認定いただきましたが、今年度はその中でも特に優良とされるホワイト500にも認定されました。次年度も引き続き認定いただけることを一つの目標にして活動しています。健康経営度調査は、健康経営を推進する上での指針となり、自社に不足していることが目に見えてわかる指標だからです。運動や食事、女性や高齢者に特化した施策などまだまだ課題は山積ですが、一つひとつできることから実行していきたいと考えています。各種施策と合わせ、健康診断の全員受診や二次検診の勧奨など、当たり前の事もしっかり進めていきたいと思っています。
その上で最終的には各従業員の健康リテラシーを高め、従業員自身が自分の健康について意識し、適切な行動を取るように促したいと考えています。その一環として、昨年から従業員向けに「健康だより」の発行を始めました。また当社は丸紅のグループ企業ですので、他のグループ企業と協力して「がん治療」や「生活習慣病」「ストレス」などの無料セミナーを受けてもらうなどの活動も始めています。

―他社にもお勧めしたい取り組みはありますか?
 これまで実施した様々な施策の中で効果的だったのは禁煙対策です。就業時間内の禁煙が実現すれば、それだけで生産性が向上します。また受動喫煙を含め従業員の健康にもプラスとなり、重大疾病リスクを下げるだけではなくアブセンティーズムやプレゼンティーズムの改善にもつながります。健康保険組合の医療費の削減にもつながることから、当社は健康保険組合の協力のもとオンラインによる禁煙外来を従業員の費用負担なしで実施をしたところ、多くの喫煙者から参加表明をいただきました。6か月後の禁煙成功率は8割と非常に高く、これによる生産性の向上や、医療費の削減効果は数千万円と試算されています。


(2022年4月上旬、聞き手:石澤哲郎)


一覧へ戻る

Copyright © 日本産業ストレス学会 All Rights Reserved.