相馬 香里さん - 日本産業ストレス学会-産業ストレス/メンタルヘルス情報発信

コロナ禍の産業保健活動の実際と展開のヒント

宗像 かほりさん

相馬 香里さん Souma Kaori

有限会社三良商事
ストレスケアセンターふよう
臨床心理士、公認心理師

面白い・楽しい産業保健を拡げよう

小さなチームをつくってつなげて、枠組みを整えていく

―労働者のストレスを下げるために、これまで工夫や配慮をしたことや、試行錯誤を続けていることがありましたら、教えてください。
 私はもともと地域の精神科病院の一心理職として働いた時間が長く、患者様が職場で何かしらの辛さを抱えてお休みに入り、休養を経てまた職場に戻っていくその一部分を切り取った支援をしておりました。病院に来てくださる方を迎え、また職場に送り出すまでの関りでは、直接職場環境に働きかける機会は滅多に得られず、症状が一時的に軽快しても、何も変わっていない職場環境に戻すことでまた体調を崩されてお休みに入る、その繰り返しに心を痛めていたという背景があります。直接コミュニティやソーシャルに働きかける支援の必要性を長く感じていたところ、ちょうど所属していた医療法人が、病院にいらっしゃる前の段階から支援を開始するための事業所を立ち上げることになり、今の所属をゼロから作り上げる機会に恵まれてから現在に至っています。

ストレスケアセンターふようの事業を開始し、どのようなサービスが求められているかを把握していく中で、青森県は、産業衛生活動そのものがまだ他の地域ほどに進んでいないという事実に直面しました。例えば、50名以上の事業所であっても産業医がいない、衛生委員会がない、産業衛生担当者が不在、いたとしても名前だけの存在であり、実際に稼働した実績がない等です。(当然そうではない素晴らしい事業所もたくさんありますが)それでは、労働者の方が心身に不調をきたし休職加療を経てまた職場に戻ったとしても、症状がぶり返してまた休職を繰り返しても当然だ、と感じました。

それはコロナ以前からの課題ですが、枠組みがきちんとあるのとないのとでは、有事の対応に差が出てしまいます。そのため、まずは弊社のお客様になってくださった事業所様から、産業衛生の基本的な体制づくりを整備することから始めました。産業医との契約はしているか、衛生委員会は稼働しているか、内外に労働者が利用可能な相談窓口があるか、存在する場合は具体的にどのような活動まで関与しているか、健康診断や職場巡視だけでなく、両立支援や休復職支援、ストレスチェック、職場環境改善等も議題として取り扱うことが可能か、といったことの確認から始めます。枠組みを整える過程で、その事業所のニーズが具体的になっていきます。それを「一緒にやっていきましょう、大丈夫です、お手伝いします」と伝え、味方だと思っていただけるようにすることがスタートだったように思います。

また、これは地方特有の文化かもしれませんが、その地域の一般企業に新しいことを認識し、取り入れていただくためには、その企業がある自治体の認識や在り方を変えていくことが必要だという事もわかりました。県は国、市町村は県、そして一般企業は市町村がどうしているかを見ています。産業衛生の必要性はわかる、ただしお金も手間もかかることなので、「あったらいいけどなくても何とかなっている嗜好品のようなもの」という考え方を変えていく必要があるな、と考えました。そのため、弊社がサービスの導入や枠組み整備を第一にご提案し、取り入れていただけるように努めた相手は、地方自治体でした。各自治体の役所、役場にお話を聞いていただけるだけでよいのでと電話をかけ、アポイントを取り、とにかく各所の産業衛生担当者とされる方のところに足を運び、知ってもらうところから始めました。ちょうどストレスチェックが法制化されたことは追い風になったように思います。

会ってもらえたら、各職場の担当者の「困り感」がどこにあるかを丁寧にお聞きし、そこに私たちはどのようなアプローチが出来るか、時に身内の様に、時に外部の専門職としての視点を注いで一緒に考えながら、職場を良くしていくチームになりましょう、という働きかけをしました。いわゆる草の根運動というのでしょうか、知識を持っている人や興味を持って動いてくれそうな人を巻き込んでいく作業を同時に始めます。キーパーソンになりやすかったのは、フットワークの軽い保健師や、顔の広い総務課の方などでした。「産業医にそんなことまで頼んでいいの?」、「職場のあの人って、そんな知識や興味関心を持っていたのね」等、私たちよりよほどお互いを長く知っていたであろう職場内の旧知の人間関係であっても、これまでなかった外部の視点が入ると新しい発見があるようです。新しい発見がお互いへの関心や信頼を深め、気が付くとどんどんポジティブな、職場を良くしたい人たちのチームが育っていきます。

チームを作る際は、最初から一つの大きなチームを作るのではなく、例えば職場内のみんなの頼れるお兄さん/お姉さん役の職員を中心にもともとある自然発生的な相談ネットワークの輪だったり、熱意のある中堅職員や同期同士のつながりだったり、もともと上司/同僚のつながりが強く集団分析結果が良い部署だったり、職場内のサークルや地域のお祭り、同じ学校の先輩/後輩のつながり等、色々なところで小さなチームを多く見つけ、それらの小さなチームをつなげて、強化していきました。すべてに私たちが関与するわけではなく、担当者だけでお話したほうがよい場合には、その支援もします。また、同じ事業所内だけでなく、お客様が抱えている困りごとについて、別のお客様で好事例を持っているような場合には、それぞれの担当者をおつなぎし、お客様同士で意見交換してもらう場をつくるなど、事業所の枠を超えたチームが生まれていくような工夫もしました。

当然、中には、変化に抵抗する人も出てきます。そのような人が「これなら大丈夫」と思える経験を積み重ねてもらえるよう、サポート役を作る際にも、それを外部の立ち位置で私たちがやったほうがいいのか、あるいは内部でその方が聞く耳を持ちやすい方がいて、その方を巻き込んでいく方がよりよい結果が想定されるのかといったことも、チームで話し合って進めていくようにしました。例えば、コロナ禍ではオンライン化が進みましたが、地方ではICTに抵抗感が強い方も根強くいらっしゃいました。オンラインで私たちがその方に関わったほうが良い場合には、職場内でICTに強い方がサポートに入り、また、無理にその方にオンラインに慣れていただくよりも、それ以外の安全感や安心感を高めていただく方を優先し、その分日常からその方の見守りや支援をしてくださる方を身近に見つけたほうが良い場合には職場内でその方をフォローできるような人を探すという役割分担と連携をしています。

それぞれの事業所に関わるようになると、職場環境改善に向けたいろいろな声が私たちに届くようになります。それを聞いたままにしないという事も大切にしています。その声を届けるのに適切なチームがあればそちらに、あるいは可能であれば経営層にお届けします。そして、聞いた方にも同じように聞きっぱなしにならないよう、何かしらのフィードバックをしていただけるようお願いしています。フィードバックは外部から何か言うよりも、内部からの発信のほうが響くことがあります。できれば経営者レベルから「声が届いたよ」、「このアイディアはさっそく取り入れてみるよ」、「あの案は今はこういう理由で難しいと考えているよ」等発信してもらうようにしました。

他にも、職員の声を組織に届けるため、高ストレス者への追加アンケートを作成したり、事業所側が選んだ職員への個人面談を実施したりすることで得られた声を組織にフィードバックすることもあります。職員の想いや怒りを、経営層や産業医、職場環境の改善に直接働きかけられる権限のある方達の前で読み上げ、一つ一つに対して、どういうことがこの声につながっていると思うかを回答してもらうこともあります。実際には事業所はきちんと取り組んでいるにも関わらず職員の実感につながっていないことや、職員の声が届いて思いやっているにも関わらずそれを表明していないことで、組織は自分たちをないがしろにしている等の誤解が生じてしまっていることも多く見受けられます。経営や管理の立場では、その時点で明言できないことも多くあることも当然理解しておりますが、可能な範囲で「きちんと職員のことを見ていますよ、声は届いていますよ」ということをしっかり表明することで、ここで頑張っていこう、という組織への信頼感も高まるように感じ、お願いしているところです。やっているつもりでは社員に届かないことも多いことは、責任者に伝えるようにしています。

試行錯誤しながら続けているのは、各所でキーパーソンをつくり、同じような想いで動ける人を増やすことです。それぞれの自治体や会社のキーパーソンをつくり、熱意のある人になっていただき、参加してもらう。あるいは、関心がある人に参加してもらって、その方の感じ方に沿った提案をする。そのために、定期的に足を運び、顔を見せるようにしています。文字だけの関係で終わらないようにすることが、後々の相談、チャンスにつながります。

また、ボトムアップで進めるのには限界があります。それぞれのチームで、トップに働きかけるタイミングをうかがいながら、活動を続けているところです。

「やると面白い」「楽しい」と思えることが大切

ーコロナ禍での活動を通して、良い産業保健活動をするために大切にしていることや想いがありましたら教えてください。
 当たり前のことですが、義務感でやるのではなく、「やると面白い」と思ってやっていくことは大切にしています。例えば、集団分析結果を返すときに、管理職にとっての「通知表」ではなく、この結果から職場環境の実態がわかるとこんなに面白いとか、職場環境を変えていく過程はわくわくするとか、そういった側面を伝えるようにしています。そして、より面白くする、わくわくするためにはどうしていけばいいかを考えるところに、自分もチームとして入っていくようにしています。

私は外部機関の所属ですが、各企業や自治体では、内部の人のように見られることがよくあります。外部の人だけど、内部の人のような感覚、これはとても大切にしています。それぞれの場所に行って、「お疲れ様です」と言われたり、「ちょっと寄ってってよ」って言われる関係性が理想です。

 

既定の産業保健活動だけでないアプローチ/高ストレス者への追加アンケート

ー他事業所でも取り組めそうなお勧めの取り組みがあれば教えてください。
 内部でやっている、ワクワクすることに一緒に混ざるような、既定の産業保健活動だけでないアプローチを意識することをお勧めします。例えば、先日は町の図書館に「心のケアのコーナー」を作る手伝いをしました。どんな本を置いたらいいか相談してくれたり、提案してもらったりしました。
高ストレス者の方は、面談を受けたり意見を表明することでご自身がその後どのような扱いをされるのか不安に思っていることが多いようです。このため、匿名で回答可能なストレス状況や職場環境改善についてのアンケートを実施したり、あるいは職場内で無作為に対象者を抽出して産業医や衛生担当者が個別面談を実施する機会を持ち、その中に高ストレス者を混ぜ込むということもお勧めです。匿名でアンケートを実施した企業や自治体では、多いときに対象者(高ストレス者)の半数から返信があります。また、高ストレス者へのアンケートや配慮した面談機会を設け、そちらで抽出された声に対し何らかのフィードバックや対策を実施したところは、どんどんストレスチェックの回収率が上がっています。毎年、企業と一緒に追加アンケートや面談でヒアリングする内容を検討し、終了後は結果から課題を抽出し、次の研修に活かしたり、事業所の次年度の事業計画の中で取り入れられるようなアイディアをご提案しています。

(2021年12月中旬、聞き手:小林由佳、後藤充)


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