星野寛子さん - 日本産業ストレス学会-産業ストレス/メンタルヘルス情報発信

インタビュー

星野寛子さん

星野寛子さんHoshino Hiroko

オムロンエキスパートリンク 株式会社 
総務センタ 東日本エリア統括部 
保健師

相手のニーズに合わせて、必要な支援を柔軟に提供

相手が必要とする時期に必要な情報を提供することの大切さ

―今回のコロナ感染症感染拡大を受けて、業務にはどのような影響がありましたか。
 オムロングループでは、お客様、お取引先様、従業員とその家族の安全確保と感染拡大の防止を最優先としつつ、それぞれの事務所で対応を進めていきました。私が働く東京事業所では、私たち産業保健スタッフを含め3月の初めから職場はテレワーク業務へ移行しはじめ、4月には首都圏のほぼすべての社員がテレワークとなりました。

 このような中、東日本エリアの事業所を管轄する私たちは慣れない環境で働く社員にどう情報を発信し、接点を持つかが、最初に検討したことでした。あまりに生活や仕事の変化が大きく、混乱のある中、「感染を防ぎ在宅となりました、健康に気を付けましょう、変化の時に面談しましょう」などと働きかけるにはいつが適しているのか、テレワークとなった中、何をどう進め、話したらいいのだろう、と、だれもが答えを持ち合わせていませんでした。

 感染拡大の当初、社員は未知の感染症に対する恐怖や不安の上に、慣れない業務移行でとても大変な状況でした。私たちとしては、いち早く必要とされる健康情報を発信したいと思ったわけですが、混乱している中、私たちの思いだけで健康情報を発信しても、社員との温度感が違っていては効果が少ないばかりか、逆効果になることもあります。また、新型コロナウイルス関連の情報は社会で溢れています。まずは会社の方針・各事業所・各部署の動きと足並みをそろえて適切かつ、必要な情報を出していくことが大切だと考えました。

 新型コロナウイルス感染症の拡大当初の時期、それから少し時間が経過してきた時期、長期化し見通しが立たないことに不安を抱える時期、それぞれの時期に合わせ、社員のニーズに合った支援をすること。この機会に改めて「相手が必要とする時期に、適切な情報を出すこと」の重要性を学びました。

対象者の負担にならないよう工夫して働きかけ、接点を増やす

―面談ではどのような工夫をされていますか。
 テレワークのシステムが整い、面談のきっかけとなる取り組みさえ作れば、テレワークは社員との時間が確保しやすく進めやすいと感じます。とはいえ、健康問題を生じやすい年代の方はテレワークに慣れていないことも多く、こちらが話をうまく展開する工夫が必要です。例えば、健康問題の話題の延長で、自粛疲れや家での様子について触れるなど、その時期に合わせた情報を織り交ぜて様子を聞きます。また、初対面からテレワーク上での面談となる方もいるので、面談者が話をしやすいようなチェックリストを添付し、答えてもらいながら面談を進める、ということも検討しています。メンタル症状の問診票よりも気軽にすぐに答えられるようなもので、体調の変化や睡眠の状況、体や心の状態、持病のことなどの項目があると、面談を進めながら同時に簡単にチェックできるのでいいのではないかと思います。

 また、新型コロナウイルス感染症による影響が長期にわたる見通しとなった今は、より積極的に職場に関わり、接点を増やすような取り組みをスタートしていくことになりました。1例を挙げると、部門ごとのテレワーク朝礼や昼礼、少人数のミーティングに産業保健スタッフも参加させてもらい、そこで、健康情報の提供、チェックリストの回答を促し、面談案内をするという取り組みです。今後事業所のニーズに合わせて時期をみて行っていく予定です。

 これらの取り組みの検討は、保健師だけでなく安全衛生の事務スタッフとのテレワークによるチーム会議で行います。わたしは、いくつかの事業所を受け持っているので、それぞれのチーム会議に出るようにしています。内容は安全衛生に関する話し合いが主ですが、年度をまたぐ時期に加え、新型コロナ関連の情報は日々変化することもあり会議の頻度は増えました。

面談で見えてきた課題を全体に共有し、情報を提供

―現在は、どのような情報発信をされているのですか。
 どの職場も環境変化は大変ではありましたが、社員は皆、同じ状況で、同時に同じ悩みを持ったこともあり、意外とストレスはかかっていませんでした。むしろ、テレワークのツールを使ってやり取りをすることで、移動時間や雑務を行う時間が減り、その分余裕ができたという方もいました。しかしこの先の状況によっては問題も出てくると思います。例えば、部下が見えない中でマネジメントをする上司は、やはり細かいコミュニケーションの取り方に難しさを感じています。一方の部下も、メール等の文章での指示だけだと、どうしてもきつい言い方をされているように感じてしまいます。上司は部下を気にかけているのですが、その気持ちがうまく伝わりません。例えばメール文章の間にかわいいスタンプを使えば少し雰囲気は和らぎますが、仕事上のやりとりでハートマークなど使えませんし、やはり文面だけで投げ合うことになります。そのため、上司には、この時期に新たに見えてきたコミュニケーションの課題として、チャットで指示する際に一度は必ず会話を挟んで感情のすれ違いを防ぐこと、などを含めたチャットの使い方を情報発信しました。

方法ありきではなく、大事なことは何かを考えるきっかけに

 首都圏を中心に、おそらく今後、非常事態宣言解除とともに出社率が上がっていくと思われます。しかし、すべてが今までのような働き方ではなく、むしろテレワーク化が進んだ新しい働き方になっていくと考えられます。今回の出来事で、どこにいても支援ができることは事業場内の産業保健スタッフにとっては新しい発見でした。これからは現場での集団教育と同様に、テレワーク上のツールを駆使した情報発信を検討しなければなりません。産業医の業務も遠隔で問題なく行うようにしていきたいと思います。職場の巡視も緊急事態下となった際は遠隔のカメラを活用して進めることを検討しました。職場の中では、変化が大きくても他部門と連携をすることでできることは多いと実感しています。

 一方で、テレワーク上の面談では、やはり対面よりも、体調の細かい変化がつかみにくいのが現実です。テレワークの画面ごしですと、よほどつらいことがなければこのような緊急事態下においては「まあ、大丈夫です」と回答する方が多かったように感じます。それをそのまま、真に受けて判断してしまってはいけない、分かったつもりになって油断してはいけないと面談を重ねて痛感しています。画面越しにどうやって様子を掴み取るかは常に悩むところです。こまやかな配慮をもち、より注意深く話をするという意識で、産業保健スタッフとしてテレワークであっても高い面談技術を持ち合わせる必要性を感じています。

 これからはストレスチェックやその後のフォローを計画していきます。集団分析結果のフィードバックは、今までセミナー形式・グループワークをやることに意義を見出していましたが、今後どのような形で進めることが参加者にとって安全安心で最大の利益になるのかは検討が必要です。

 未曽有の事態であっても、あえて、私は社員に困りごとや不安だけでなく、ポジティブにうまくいっている部分を聞くようにしています。すると、テレワーク化がよかった、新しいコミュニケーションがうまくいっている、という声が結構多くあがります。これらの好事例を広げていくこともこれからの職場環境改善の取り組みのヒントになるかもしれません。

 私たちも、この事態を可能性や選択肢が増えたととらえ「大事なのは何か」という視点で、変化に適応しながら社員を支援していきたいと思っています。

―ありがとうございました。
(2020年5月下旬、聞き手:小林由佳)

 

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