喜多岡蓮美さん - 日本産業ストレス学会-産業ストレス/メンタルヘルス情報発信

フォローアップインタビュー

喜多岡蓮美さん

喜多岡蓮美さんKitaoka Hasumi

住友電設株式会社 健康管理室
主査
保健師、公認心理師

コロナ禍だからこそ日々のコミュニケーションを大切に

 今回のインタビューでは、建設業界という、コロナ禍でも事業継続が要求される社員に対する対応についてお話を伺いました。

コロナウィルス感染症が拡大した2020年4月以降、あなたの関わる会社や社員のストレス状況や課題、あなた自身に関する課題認識があれば教えてください。

 当社は「電気」という社会インフラを軸に、多彩な分野での工事に取り組む総合設備業の会社です。公共性が高く、緊急事態宣言下でも事業継続が要求されます。社員の多くは、多くの人が出入りする建設現場で施工管理業務を行うため、コロナ禍で常に感染リスクがあり、心理的負担は大きいです。
 
 建設業は、多重下請構造のもと、複雑な施工体制と非常に多くの工程が連続し、各プロセスで専門的な知識やスキルが要求され、それによって進捗や品質が左右されます。ほとんどの場合竣工日の変更は不可能であり、全体の工期が遅れていたとしても、最終的には帳尻を合わせなければなりません。そのため、一人でも欠員が出ると残る社員の負荷を大幅に上げることになります。

  コロナ禍において、現場でPCR検査陽性者が発生すると、あらゆる出入り業者全員を対象に濃厚接触者の洗い出し、連絡体制整備、調査結果のとりまとめと報告書の作成が必要になる上、欠員に対する要員補充が大きな課題となります。建設業は、元々の人手不足に加えて、技能伝承に課題を抱えていることから、単に人材を補充するだけでは成り立ちません。工期の遅れを取り戻すべく過重労働が加速すると、感染対策が後回しになりかねない悪循環につながります。また、こういった状況は、実現困難な要求や業務成果などへの過剰な叱責へとつながり、ストレスが高まる状況をも生み出しているのではと考えています。

  現場においては当社社員だけでなく、下請け、孫請けの各事業者においてもコロナ対策を共有することが重要ですが、各作業工程で多くの関係者が出入りするため、共通のルールを共有することが困難な面があり、施工管理業務にあたる現場責任者を悩ませています。

  さまざまなストレス状況下にあっても、それを乗り越える手段として、飲みニケーションというストレスコントロールで対処する企業文化がありますが、この手段で対処できなくなったことは、上司・部下の関係や現場を円滑に動かすことへの障壁となりました。ある上司は、落ち込んでいる部下を見たら「ちょっと飲みにいこうか」といって声をかけて話を聴くなどしてきたそうです。それがなくなった今どうしたら良いのかといった声が聞かれます。また、竣工日が近づくとなりふり構っていられず、感情的なやり取りになってしまうこともあります。飲みニケーションはこのようなキズを癒す効果がありましたが、それがなくなることは心のキズだけが積み重なっていくのではないかと心配になります。

  緊急事態宣言が発令された際には、地方の現場で働く社員が、健診を受けるために県をまたぐ移動があったために、14日間受診できないことがありました。また、現場によっては、入構時には毎回、PCR検査等を要求されています。マスク着用についても不慣れなために、耳が痛む、皮膚がかぶれる、暑いなど様々な訴えがありました。

  オフィス勤務者では、在宅勤務を導入していますが、立場の違う社員の間で在宅勤務の可否に差があることで不公平感が生まれています。
在宅勤務が実施できる部署、少し頑張れば可能だが、実施に踏み切れない部署、所属長の在宅勤務に対する考え方にばらつきがあることなど、対応が統一されていない面があり、今後の課題です。

 

産業保健職自身に関する課題認識

 保健師は一人職場となることが多いため、自己研鑽の機会を得ることが少ないと、自己流な対応方法になりがちです。
産業保健活動を推進する立場として、会社や社員の期待に応えられるよう、学会、研修会や事例検討会など、多職種連携の機会に積極的に参加しています。また、大学院保健学研究科の院生の実習やインターンシップ等積極的に受け入れることで物事の本質を見抜く能力やひとつの経験から多くのことを学び、合理的に業務を遂行できるようコンセプチュアルスキルを高めていくことを心がけています。

取り組んでいる内容と成果 労働者のストレスを下げるために、これまで工夫や配慮をしたことや、試行錯誤を続けていることがありましたら、教えてください。

 陽性者が発生した際は、濃厚接触者を含む関係者へのフォローはもちろんですが、コロナ対策本部のアドバイザーとして、会社基準となるコロナ対応マニュアルや対策実施フローを作成しました。マニュアルを使用する中でさまざまな個別の質問があり、その都度、マニュアルの改訂を重ねてきました。また、広報の支援、報告書フォーマットの作成や関連会社との対応、現場の規模や特殊性による個別の対応、各管轄における保健所との情報共有(地域差が大きく、感染拡大地域の保健所とのやりとりは大変でした)、入院の準備指導、待機場所(賃貸契約)確保、陽性者の家族のフォローなど、さまざまな対応を一手に引き受け、経験を重ねるごとにスムーズに対応できるようになりました。当社の健康管理室は2019年に新設されたばかりだったのですが、健康管理室ができて良かったと多くの方から言っていただけるようになりました。
 
 2020年度の新入社員を含む若手社員のメンタル不調者が増加傾向にあります。そのような状況下、「withコロナ時代における有効で効果的なストレス・メンタルヘルス対策に役立てる調査研究」を大学と共同実施しました。新入社員は、研修や職場メンバーとのコミュニケーションの多くがリモートであり、顔を合わせてのコミュニケーションが少ないことでストレスが増大しているものと推測されます。共同研究の結果、改良型セルフコントロールが解決への自信を高め、コントロール可能性を高めることなどの示唆が得られました。この結果をもとに、若手社員を支援するためにはポジティブなフィードバックや相談・助言などのサポートが必須であると考えました。それを実現するため、まずは、所属長向けにラインケアに関する健康教育を行い、ポジティブなフィードバックの方法を具体的に伝えしました。コミュニケーションギャップを埋めること、部下を褒めるためにどのような言葉を使い、また、表現するかを具体的に実践したところ反響がありました。健康講話が終了した後、個別に問い合わせをいただき、表現方法や会話の内容など相談いただけるようになりました。
 また、若年層(特に入社3年目まで)に対しては、ベテラン社員が育成された環境や業界のコミュニケーションの特性を伝えて、ギャップを理解してもらいました。その際には、認知の偏り7つは、考え方のクセとして、必ず紹介するようにしています。今後は、対象を絞って認知行動療法をすることも検討しています。
 

産業保健活動において大切にしていること

 日々のコミュニケーションや活動を通じて、困った時に気軽に相談できる信頼関係を築けるように心がけています。また、私自身が学ばせていただいているということを忘れず、相手を尊重し、中立な立場で対応するよう意識しています。
 
 また、各部門と連携することが多いのですが、それぞれの組織のありよう、専門性や果たしている機能を理解し、尊重するよう心がけています。組織の力が最大限に活かされるようコーディネーターとしての役割を果たすとともに、社員のヘルスリテラシ-向上につなげていきたいと思います。

今後の活動について

 職場の健康リスクを“見える化”し、組織に働きかけていけるような活動に取り組みます。前述のラインケア・セルフケア教育を継続し、マスクで表情が見えず、飲みにケーションができない、新しい時代に即したコミュニケーションのありようを探っていきたいと思います。

他の事業所にもお勧めしたい活動(豆情報) これまで取り組んだ内容で、他事業所でも取り組めそうなものがあれば教えてください。

 階層別教育の研修では、道徳教育の題材を少しアレンジして、「理不尽について考える」をグループワークで行っています。社会生活で少なからず理不尽と感じるできごとがあると思われますが、このテーマでグループワークをすると大変盛り上がり、毎回好評です。
 
こんなお話です。
(お話:感情を入れながら読んでいます。)
「ある山奥に一匹のハリネズミ(セムちゃん)が洞穴で生活していました。ある冬の寒い夜でした。一匹のハリネズミ(デンちゃん)が、「家がないから一緒に洞穴で生活させてくれないかな。」とお願いしにやって来ました。優しいセムちゃんは、「いいよ。いいよ。」といって迎えいれました。
ところが、お互いのハリが刺ささりあって上手く一緒に生活ができません。
困ったセムちゃんは、デンちゃんにこう言いました。(辛そうに)「本当にごめんよ。どうしてもハリが痛くて夜も眠れないんだ。申し訳ないけど出ていってもらえないかな?」
すると、デンちゃんは、こう答えました。
(強めに)「そんなに痛いなら君がでていけばいいじゃないか?」
あなたはこのお話を読んでどのように感じましたか?
また、この状況を解決する方法はありますか?

  単純に考えるとデンちゃんが悪いというだけで終わりそうなのですが、物語への想像を膨らませると、多様な意見が出てきます。それは、論理的思考、水平思考、批判的思考、多面的視野で柔軟に物事を捉えることに加え、その自由な考え自由に言い合える状況があることが必要です。また、異なる価値観が受容される環境も大変重要だと思います。このような心理的安全は、日常の職場には欠けている場合があります。自由に意見を言うことが憚られ、否定され、逆に他者の自由な意見が聞けないという状況です。この研修を通じて、心理的安全の重要性が認識され、また、相手を尊重できる空間は、自分自身のストレスを軽減することや、自分が今までに考えたこともないような世界や考え方を新たに見つけることができる機会にもなるのではと考えています。

―ありがとうございました。(2021年5月下旬、聞き手:栗岡住子)

 

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