守谷祐子さん - 日本産業ストレス学会-産業ストレス/メンタルヘルス情報発信

フォローアップインタビュー

守谷祐子さん

守谷祐子さんMoriya Yuko

花王株式会社
人財開発部門 健康開発推進部
マネージャー

加藤杏奈さん

加藤杏奈さんKato Anna

花王株式会社本社
産業医

個別の問題に寄り添った対応と、雰囲気と風通しを良くする仕組みで元気な社員、より良い会社へ

 前回、コロナ禍第一波の在宅勤務の開始にあたり、トップメッセージによる社員への情報提供の重要性、孤立しやすい層へのケア、オンライン技術を活用した産業医活動について産業医の加藤さんにお話を頂きました。今回は、人事責任者の守谷さんを中心に、社員の心身の健康を保つための会社の取り組みやお考えについてお話を伺いました。

30代の業務過多、新入社員の抱え込み、疲労の蓄積などが課題に

―現在の働き方や社員の状況はいかがでしょうか。
守谷さん)
 働き方の現状は、オフィス勤務者は、新型コロナウイルス感染症の拡大状況や行政の方針を踏まえて、リモートワークとオフィス勤務を併用する形です。店頭勤務者は入店先で出務しておりますが、こちらも感染状況に応じてシフトをきめ細やかに調整しています。2020年はできる限り出社を押さえていた時期もありましたが、現在は、今後の新しい働き方に向けて、会うことの良さも活かしながら、リモートワークと出社の良いバランスを、各部門、職種ごとに模索しているところです。

 社員のストレス状況に関してですが、2020年は5月に実施予定だったストレスチェックを8月に延期して実施しましたが、花王グループ全体としては総合健康リスクが良化しています。しかしコロナ下においての需要増による業務過多や今まで通り業務を進められない職種では昨年と比較してスコアの悪化する傾向がありました。
 相談の傾向としては、メールや電話相談は30代男性社員の相談が増加しています。キャリアに対する不安や業務過多に関する相談が多くなっています。新入社員や中途入社社員、異動者は、相談や雑談の機会が減少し、業務上の相談相手や相談するタイミングが掴めないことに悩み、抱え込んでしまう傾向があります。
 また、コロナの長期化による疲労の蓄積を訴えられている方も多いと報告が上がっています。在宅環境の整備ができない、在宅の長期化で家族間の関係が悪化した、などによりストレス反応を招いている社員もいます。

 休業の状況についても増加傾向にあります。特に生産部門の若手に関しては、面談の中でも仕事のやりがいや担当職務の不適合が高まっているという状況です。これがどこまでコロナ禍による影響かはわかりませんが、注視していく必要があると考えています。

個人に寄り添った対応を続けているものの、手が届かない部分も

 もともと、入社や異動など環境変化のあった方は、ストレスを抱える可能性があるため、社内カウンセラーや看護職の面談対象となっており、順次面談を実施しています。また本人から希望による面談や、一定の年齢に達した時の面談も実施しており、社内での相談体制を整えています。

 当社では人財開発部門の中にカウンセラーの部門をおいています。当社の社員でキャリアを積んだ者が産業カウンセラーやキャリアコンサルタントの勉強をして資格を得、相談に従事しています。グループ各社ごとにカウンセラーの配置人数は異なります。カウンセラーは定期的に環境変化のあった社員(新入社員、中途入社社員、異動者)や一定の年齢に達した社員に対して面談設定を行います。この面談で不調の兆しが見られた場合は専門職につなぐようになっています。

 疲労の蓄積に関して、個々人の相談には対応していますが、組織や体制としての対応はこれからです。休業に関しても通常の対応を進めているところですが、上司や産業医、看護職も在宅環境にあり、就労環境が見えにくくなっていることが難しいと感じます。本当はもう少し何かやれるのかもしれません。

加藤さん)
 新入社員の不調に関しては、まさに私も対応しているところです。働きがいを感じない、生活のハリがない、やりたいことがみつからない、といった話が聞かれます。それが学生から社会人になる過程で通常起こる葛藤なのか、コロナ禍のために人とのつながりが気薄になっているためなのかわかりませんが、今年は入社1?2年目の不調者が多い傾向です。同期や友人と飲みに行ったり趣味で気分転換することがしづらく、かわいそうな状況です。
 また、キャリア入社の社員は、ある程度のことが要求されるものの、出社も相談もうまくできておらず、長時間労働になりがちな傾向があります。上司はできる限りのサポートを提供していますが、十分と言えずジレンマを感じます。

 

オンライン技術で対応の自由度は向上

―コロナ禍の一年、大変だったけれども良かったと思うのはどのような点ですか。
加藤さん)
 オンライン面談のクオリティをあげるようにしたことです。今までは現場でリアルタイムで看護職のサポートがありましたが、今はそうはいきません。オンライン面談中は面談相手のみに集中できるよう、前日に過去の記録を読み直し面談のシミュレーションをしたり、書類を予め作っておいたりするなど、事前準備に時間をかけています。やり方を変えることで、オンラインへの戸惑いから、オンラインでもいける!と多少の自信に変わりました。
 学会や研修会がほぼオンラインになったことで、参加もしやすくなりました。17時以降でも、土日でも、遠方でも、参加できますし、新型コロナ感染症関連やそれにまつわる内容は翌日の実務に直結するので、勉強に対するモチベーションも上がりました。

守谷さん)
 健康やストレスに関していうと二極化しています。この環境でワークライフバランスが整って嬉しいと感じている社員はいます。今まで余暇時間が取れなかったけれど、この時間を利用して散歩したり運動したりしてリフレッシュして、家族へのサービスもできたりしています。このような社員は仕事のクオリティが上がっていると感じています。
 一方で、生活習慣リズムが乱れてしまい、孤独を感じるような人も増えています。仕事の相談ができず、仕事の進め方がわからなくなってしまって孤立化している人もいます。このように、今、完全に二極化していると感じます。
 このようなマイナスの影響を受けている方への対応として、昨年、イントラやメールによる情報配信、ウェブサイトでできるイベントなどを実施してきました。このような取り組みは、在宅勤務を開始して一気に加速しました。全国どこからでもセミナーを見ることができるのは大きなメリットです。Teamsでは300人以上の同時参加ができないなどインフラの制限はありますが、オンラインでの情報提供が進んだのは昨年の良かった点、改善された点だと思います。

 

今後は、「家族で」「家庭で」できる活動の展開と、働く「空間」の整備を

―今後の取り組みで意識されているのはどのような点ですか。
守谷さん)
 これまで、職場=オフィスでした。しかし今後も在宅とオフィス出社の併用でいくことを考えると、家庭での働き方や家庭での就労環境をどう整えるかを考えていく必要があります。そのため、在宅環境での座り方や照明、休憩の取り方などに関する働きかけをしていかなければならないと思っています。例えば椅子が適切でなければ、そういうところも指導しないといけないかもしれません。
 また、せっかく家にいるのであれば、家族と一緒にできるような健康支援策を含むアプローチができるのではないかと思います。2021年は「家族で」「家庭で」をキーワードにして、何か一緒にできる取り組みをしていきたいなと思っているところです。具体的な検討はこれからですが、家庭を含めた取り組みをやっていくのだろうと思います。また、生活リズムをいかに整えてもらうか、この点を意識して啓発活動を進めていきたいと思います。

 業務のために個室にこもれる人ばかりではありません。上司との1on1でも家族がそばにいるので言いたいことが言えない人も多いのではないかと思います。出社することによってはじめて仕事上のパーソナルスペースを確保できる人もいますので、その点も配慮しながら社員の働く環境を考え、一律対応とならないよう気を付けています。現在、自宅と会社の途中の駅にあるシェアオフィスを使ったサテライトオフィスの実験をしているところなのですが、このように働く空間を整えていくことは今後も必要なことだと思います。

ボトムアップによる目標設定制度の運用により、コミュニケーションを活発化

―上司部下のコミュニケーションをどのように促していますか。
守谷さん)
 今年から、当社ではOKR(Objective and Key Results)という制度を進めており、ちょうど現在その目標をみんなで立てているところです。OKRは、社員がそれぞれの受け持ちの中でやりたいことに、ストレッチや夢を加えた目標を立てて、上司との対話を中心にして実現していくというものです。目標は何年先のものでも構いません。今まではMBO(Management By Objective; 目標管理制度)をとっており、年間の目標を立てて、何を何%できたかを年末に確認していましたが、今後は社員がやりたいことを集約した部署の目標について、社員と上司が対話を通じて解決していく、という形になります。1on1も、今まではやったりやらなかったりといった状況でしたが、今後はもっと重視されて、定期的にやっていくことになると思います。このように、会社と上司が目標を設定して下におろすMBOのやり方ではなく、会社としての大きな方向性はありつつも、社員のやりたいことを集約して職場の目標にし、対話により実現していくことを重視する方向へ、会社も変わろうとしているのだと感じています。

加藤さん)
 OKRで目標を立てることに当初は戸惑いましたが、ポジティブなことやワクワクすることを考えるのが得意な人はいとも簡単に作ってしまいますし、周りから見ても、ワクワクする内容の目標が立てられていて、周囲にいい影響を与えているのを見て、いい制度だなと思いました。
 産業保健部門の専門職は立場上、会社や社員の現状を見極めて助言したりコーディネートしたりするので、OKRを考えてみると現実に凝り固まっていて、夢を見るのが難しいと感じましたし、他の職種の方たちの意見を聞いて、発想が広がりました。現実には叶えるのが難しくても、例えば高ストレス者ゼロや活性化職場100%という夢を持つことはできるわけで、その夢にむけた対策を考えることで、自分たちもワクワクするようなポジティブな企画を思いつくと思いました。

守谷さん)
 私自身は大きなことを言うタイプだと思っているのですが、実現できないようなことでも、書いてみたらしっくりきました。今までなら、友達だけに話すようなことですが、当社のOKRの仕組みでは、自分のOKRを会社に公開しないといけません。これは衝撃的でした。公開することで、同じように思っている人が集まれる環境にしていくという意図のようですが、個人的には期待と不安が入り混じっている状況です。公開することはいいことだと思います。

加藤さん)
 公開することは、最初は恥ずかしいと感じますが、他の人のOKR、特に若手のOKRを見ると、自分と異次元でワクワクします。恥ずかしいと思うのは自分だけで、周りにいい影響を与られるかもしれませんし、仲間意識が生まれると思いました。

守谷さん)
 (社員のストレスに関連させていえば)この制度が良いほうに転べば、枠が外れていって、部署の垣根なく色々なことが言える環境にいくかもしれないと思います。この方法だけで孤立層を救えるとは思いませんが、少なくとも上司とのコミュニケーションの時間は増えますし、部署内でのOKRの共有を通じて、雑談が生まれる可能性は大きいと思います。

加藤さん)
 OKR雑談会というのを守谷さんが設定しています。在宅勤務、オンライン会議になり顔出しがめっきり減った人でも、自分のOKRは発表しないといけません。夢を語るにはハードルが高くても、雑談の場なので、孤立してしまっている人も話す機会になったり、自分の意見を出したりできる機会になりました。

守谷さん)
 こういうことをきっかけに会社の雰囲気が緩んでいくといいなと思いますし、働き方が変わっていくのに合わせて夢や雑談ができる組織になっていくと会社がもっと良くなるし、社員も元気になると思います。

ポジティブな雰囲気づくりと個人に寄り添った対応の両輪が大切

―一言メッセージをお願いします。
守谷さん)
 大事なのは悩んでいる人、困っている人、ストレスの溜まっている人を早く見つけて、寄り添えるような対応を個別に考えることだと思います。一方、会社の仕組みの中でも、そういった人を救えることが大切です。雰囲気を変えたり、風通しを良くすることで、少し認知が変わったり、改善につながるような形にしていけるといいと思っています。私たちの会社もそこにチャレンジしているところですので、ぜひ他社の事例もふまえながら、一緒に良い世の中をつくっていければと思います。

加藤さん)
 一回目のインタビューを受けて以降、在宅勤務の弊害にも気付き、解決策を見つけることが難しいと思ったこともありました。その中で感じたことは、自分の意識を変えないとニューノーマルに取り残され孤立し、やりにくくなっていくということです。この事態を一時的と思わず、ニューノーマルとして受け入れ、考え方や働き方を自ら変える意識が大切だと思います。具体的には、困っていることはわかってくれていると思わずに、自分から周りにSOSを出す、会議では自分から顔出しをして発言する、司会進行するときは出席者を指名して発言を促す、などです。
 孤立化している人にはポピュレーションアプローチが届きません。産業保健の立場としては、自らアクションを起こせていない人を見つけられるよう、これまで以上に個別アプローチの機会を大切にしていかないといけないと思います。ストレスチェックの高ストレス者対応や長時間労働面談、普段の産業保健活動で社員一人ひとりを見ていくことがより一層大事になっていると感じました。
 その上で、OKRのように新しい、ポジティブになれるようなポピュレーションアプローチを行うことはいいと思います。在宅、家族をテーマにした新しい企画も賛成です。

―ありがとうございました。 (2021年3月下旬、聞き手:小林由佳)

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